魔法少女と軍事モノ ~CountDowners~ 2
2012/05/20 14:21:36
『魔法少女まどか☆マギカ』
原作では語られていない空白のシナリオ、そしてその後の世界を描いた二次創作。
”CountDowners”では、本編”PUELLA・MAGI HIYORI・MAGIKA”への前振りや制作段階での副産物、外伝ショートストーリー等を公開していきます。
新たな物語が、一秒、また一秒と、近づいてくる。
その一秒一秒にも物語があり、
それらはやがて一つとなって、
また大きな物語を創り出す。
その小さな小さな物語を紡ぎ、語る者たちを、
『CountDowners』、秒読み人と呼ぶ。
********
世界は変わる。
繰り返された過去も、
あったかもしれない未来も、全て。
それは、少女たちの悲劇を掻き消すように。
そして、一人の少女の存在を掻き消すように――。
いくつもの平行世界が星のように浮かび、渦を巻くように流れ、天へと伸びる螺旋を描く。
それはまるで一つ宇宙のようだ。
ここは世界と世界の狭間にある、概念の世界。
全ての世界と触れている場所であり、全ての世界と隔離した、一つ上の領域にシフトした世界だ。
ここで生まれるのは、世界の摂理。
ここで生まれたものは、全ての世界の万物の法則となる。
言わば、ここは世界の始まりの場所かもしれない。
そこに彼女はいる。
かつて一人の少女として生き、理不尽な世界の法則に迷い、最後には誰かの幸せを願い、その身を捧げた存在が――。
長い桃色の髪、白い衣に身を包み、彼女は夢を見ている。
優しく微笑む表情は、女神のように見え、
時々、クスッと笑う仕草はまだ幼い少女のようにも見えた。
彼女は夢の中で、長い旅をしている。
それは過去、そして未来。
彼女が人として生きている、暖かくて穏やかな日常。
そして彼女もまだ知らない、ずっと遠い時間。
宇宙のように広がるいくつもの世界と時間を巡り、彼女は世界の摂理を書き換えていく。
絶望の連鎖を断ち切り、
それと同時に、かつての彼女の姿を消していく。
もう、彼女を知る者はいない。
もしいるとすれば、それを本当の「奇跡」と呼ぶのだろう。
しかし、彼女は一人ではない。
見えなくても、触れられなくても、つねに世界と共にある。
「宇宙を私の手の上に」
一つの星を優しく手の平に包みこみ、彼女は次の世界へ旅に出る。
それは、これから始まろうとする奇跡の未来。
忘れることのない、かつて交わした約束の未来。
「すぐ会いに行くよ、ほむらちゃん」
親友の名を呟いて、彼女はまた深い眠りについた――。
********
※サブタイトル元:『宇宙をぼくの手の上に』 (Fredric William Brown, 創元SF文庫)
原作では語られていない空白のシナリオ、そしてその後の世界を描いた二次創作。
”CountDowners”では、本編”PUELLA・MAGI HIYORI・MAGIKA”への前振りや制作段階での副産物、外伝ショートストーリー等を公開していきます。
新たな物語が、一秒、また一秒と、近づいてくる。
その一秒一秒にも物語があり、
それらはやがて一つとなって、
また大きな物語を創り出す。
その小さな小さな物語を紡ぎ、語る者たちを、
『CountDowners』、秒読み人と呼ぶ。
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CountDowners 2
『宇宙を私の手の上に』※
********
世界は変わる。
繰り返された過去も、
あったかもしれない未来も、全て。
それは、少女たちの悲劇を掻き消すように。
そして、一人の少女の存在を掻き消すように――。
いくつもの平行世界が星のように浮かび、渦を巻くように流れ、天へと伸びる螺旋を描く。
それはまるで一つ宇宙のようだ。
ここは世界と世界の狭間にある、概念の世界。
全ての世界と触れている場所であり、全ての世界と隔離した、一つ上の領域にシフトした世界だ。
ここで生まれるのは、世界の摂理。
ここで生まれたものは、全ての世界の万物の法則となる。
言わば、ここは世界の始まりの場所かもしれない。
そこに彼女はいる。
かつて一人の少女として生き、理不尽な世界の法則に迷い、最後には誰かの幸せを願い、その身を捧げた存在が――。
長い桃色の髪、白い衣に身を包み、彼女は夢を見ている。
優しく微笑む表情は、女神のように見え、
時々、クスッと笑う仕草はまだ幼い少女のようにも見えた。
彼女は夢の中で、長い旅をしている。
それは過去、そして未来。
彼女が人として生きている、暖かくて穏やかな日常。
そして彼女もまだ知らない、ずっと遠い時間。
宇宙のように広がるいくつもの世界と時間を巡り、彼女は世界の摂理を書き換えていく。
絶望の連鎖を断ち切り、
それと同時に、かつての彼女の姿を消していく。
もう、彼女を知る者はいない。
もしいるとすれば、それを本当の「奇跡」と呼ぶのだろう。
しかし、彼女は一人ではない。
見えなくても、触れられなくても、つねに世界と共にある。
「宇宙を私の手の上に」
一つの星を優しく手の平に包みこみ、彼女は次の世界へ旅に出る。
それは、これから始まろうとする奇跡の未来。
忘れることのない、かつて交わした約束の未来。
「すぐ会いに行くよ、ほむらちゃん」
親友の名を呟いて、彼女はまた深い眠りについた――。
********
※サブタイトル元:『宇宙をぼくの手の上に』 (Fredric William Brown, 創元SF文庫)
魔法少女と軍事モノ ~CountDowners~ 1
2012/05/13 16:52:19
『魔法少女まどか☆マギカ』
原作では語られていない空白のシナリオ、そしてその後の世界を描いた二次創作。
”CountDowners”では、本編”PUELLA・MAGI HIYORI・MAGIKA”への前振りや制作段階での副産物、外伝ショートストーリー等を公開していきます。
新たな物語が、一秒、また一秒と、近づいてくる。
その一秒一秒にも物語があり、
それらはやがて一つとなって、
また大きな物語を創り出す。
その小さな小さな物語を紡ぎ、語る者たちを、
『CountDowners』、秒読み人と呼ぶ。
原作では語られていない空白のシナリオ、そしてその後の世界を描いた二次創作。
”CountDowners”では、本編”PUELLA・MAGI HIYORI・MAGIKA”への前振りや制作段階での副産物、外伝ショートストーリー等を公開していきます。
新たな物語が、一秒、また一秒と、近づいてくる。
その一秒一秒にも物語があり、
それらはやがて一つとなって、
また大きな物語を創り出す。
その小さな小さな物語を紡ぎ、語る者たちを、
『CountDowners』、秒読み人と呼ぶ。
CountDowners 1
『始まりは振り下ろされた三本の槍から』
********
始まりは振り下ろされた三本の槍からだった。
鈍く銀色に輝くその槍は、紅い宝珠に目掛けて飛ぶ。
しかし槍はわすがに逸れ、紅色の裸を掠め取っただけ。
宝珠は宙へと舞い上がる――。
「あっ! タツヤのトマトが!?」
それを近くで見ていた少女が、思わず声を上げる。
宝珠は少女から見て、右斜めへ。
紅き弾丸となり、一人の男性の額目掛けて―――
「パパっ!!」
「えっ!?」
少女は叫ぶがわずかに遅く、男が振り向いた時には着弾―――珠は跳ね返り、男性の身体を吹き飛ばした。
ドガッ! と男性が沈む鈍い音が響く中、珠は再び食うを切り裂く玉となる。
そのまま直進し、透明なガラスの壁を突き破り、
どこまでも蒼い蒼い、大空へ―――。
「……行っちゃった」
少女は風穴の向こうの空を見上げる。
そこから入り込む緑色の風が、少女の桃色の髪を揺らした。
ここは白く輝く、鹿目家の朝の食卓。
今日も平和……に、鹿目まどかの一日が始まった。
そして紅色の宝珠は―――
********
鮮やかな緋色のポニーテールを揺らし、少女・佐倉杏子は一人、人々で賑わう朝の街の歩道を歩く。
太陽のように赤い林檎をむしゃむしゃと豪快に丸かじり。
まぁまぁうめぇな、と荒々しい言葉遣いからも『か弱い乙女』という印象は感じられなかった。
そんな杏子は、林檎が芯だけが丸裸になると、それを摘んで放り出す。
車道との境目に植えられた木々の足元に転がったのを確認すると、つまらなさそうにため息一つついた。
「あーあ、最近つまんねぇよなぁ…。 空から面白いもんでも降ってくりゃいいのに」
そう彼女が何気なく言った、その直後。
スコーン!!
少女の頭を撃ち抜くかのごとく、彼女の額に一直線の衝撃が走った。
「痛ッ! なんだァー?」
思わず額に手を当てる杏子は、足元に何かが転がっていることに気づく。
そこにはあったのは、紅色の丸で――。
「これは…プチトマト…? まさか、これが突っ込んで来たってのかァ!?」
緋髪の少女は紅色の珠を拾いあげると、苛立つ感情を顔にむき出して、それが飛んで来ただろう方角を睨みつける。
「誰だよ、食い物を粗末にすんのは!」
彼女が叫ぶ。
しかしそれらしき影はない。
ただ、朝の日常生活に忙しそうな大人や学生たちが流れて行くだけで。
チッ、と杏子は舌打ちすると、手に持った小さな珠に、もう一度目を落とす。
つやがあり、太陽に光の下、綺麗に輝くそれは、宝のようで実に美味そうだった。
過去の経験(それはまた別のお話)から人一倍食物に対しての想いが強い杏子。
胸から込み上げるもったいない、という感情から、思わずそれの埃を手で払い、口に勢いよく含んだ。
「んっ…! なかなか美味いじゃん!」
口内に広がる優しい甘味。
それを引き立てるように後から来る酸味。
あまりその手は詳しくはない杏子でも、口に含んだ紅色は市販の物ではない、とわかった。
そして一つ、はぁー、とため息。
「あーあ、馬鹿らしい…。 何やってんだ、アタシは…」
紅珠の独特の臭みが、口の中で転がる。
早朝からの空回り。
もう一度、あの方角を向けば、雲一つない空っぽの青空が広がっている。
空っぽの――
「………? あっちの方角は…三滝原…?」
ふと、杏子は気づく。
彼女が口にしたのは、かつて慣れ親しんだ隣街だった。
そして次に出た言葉。
「巴……マミ…」
「やぁ、杏子。 三滝原が気になるのかい?」
「ッ!?」
少女が呟いたその時、後ろから聞こえた温もりのない声。
杏子は慌てて振り向くと、そこには赤い眼に白い毛をした、ネコやイタチにも見える一匹の生物が足元に座っていた。
耳から出た長い毛の先には金色のリングが付いてる。
「なんだ、キュゥべえか…。 驚かすなよな…」
「君が僕に気づかないなんて珍しいね。 何か考え事かい?」
呆れた声で杏子がキュゥべえと呼ぶ白い生物は、軽い口調で問う。
それに対して杏子は、別に…、と毛嫌うように一言。
それに続けて今度は杏子が、鋭い口調でキュゥべえに問いた。
「それで? 一体なんの用だい? たまたま通り掛かったから挨拶に来た、ってわけじゃないんだろ?」
しかしそれに動じることもなく、ただ単調にキュゥべえは答える。
「まさか。 君に一応伝えておこうと思うことがあってね」
「伝えたいこと?」
杏子が首を傾げると、キュゥべえは軽く頷いた。
そしてゆっくりとその口を開く。
「実は―――」
「え……?」
彼の言葉を聞くと、素っ気ない態度を取っていた少女の表情が一変した。
その目を丸くし、しばしの沈黙--そして、
「確かに伝えたよ。 じゃあ、僕は行くよ。 また会おう、佐倉杏子」
キュゥべえのその言葉に、杏子は、ハッと我に返る。
気づいた頃には、白い背中は遠くにあった。
それを見つめて、
また沈黙―、ため息、そして杏子は、微笑した。
彼女は駆け出す。 あの方角へ。
「へへっ、面白い物が空から振ってきたじゃん!」
忙しそうに歩く人々をすり抜け、いくつかの店々を通過する。
その一つの電化製品店から聞こえてくる、テレビの音。
『今日はお昼から天気が一変し、雲が多くなり、所によっては大荒れの天気になるでしょう』
街に強い風が吹き始め、
緋色の髪の少女の背中を押した。
『始まりは振り下ろされた三本の槍から』
********
始まりは振り下ろされた三本の槍からだった。
鈍く銀色に輝くその槍は、紅い宝珠に目掛けて飛ぶ。
しかし槍はわすがに逸れ、紅色の裸を掠め取っただけ。
宝珠は宙へと舞い上がる――。
「あっ! タツヤのトマトが!?」
それを近くで見ていた少女が、思わず声を上げる。
宝珠は少女から見て、右斜めへ。
紅き弾丸となり、一人の男性の額目掛けて―――
「パパっ!!」
「えっ!?」
少女は叫ぶがわずかに遅く、男が振り向いた時には着弾―――珠は跳ね返り、男性の身体を吹き飛ばした。
ドガッ! と男性が沈む鈍い音が響く中、珠は再び食うを切り裂く玉となる。
そのまま直進し、透明なガラスの壁を突き破り、
どこまでも蒼い蒼い、大空へ―――。
「……行っちゃった」
少女は風穴の向こうの空を見上げる。
そこから入り込む緑色の風が、少女の桃色の髪を揺らした。
ここは白く輝く、鹿目家の朝の食卓。
今日も平和……に、鹿目まどかの一日が始まった。
そして紅色の宝珠は―――
********
鮮やかな緋色のポニーテールを揺らし、少女・佐倉杏子は一人、人々で賑わう朝の街の歩道を歩く。
太陽のように赤い林檎をむしゃむしゃと豪快に丸かじり。
まぁまぁうめぇな、と荒々しい言葉遣いからも『か弱い乙女』という印象は感じられなかった。
そんな杏子は、林檎が芯だけが丸裸になると、それを摘んで放り出す。
車道との境目に植えられた木々の足元に転がったのを確認すると、つまらなさそうにため息一つついた。
「あーあ、最近つまんねぇよなぁ…。 空から面白いもんでも降ってくりゃいいのに」
そう彼女が何気なく言った、その直後。
スコーン!!
少女の頭を撃ち抜くかのごとく、彼女の額に一直線の衝撃が走った。
「痛ッ! なんだァー?」
思わず額に手を当てる杏子は、足元に何かが転がっていることに気づく。
そこにはあったのは、紅色の丸で――。
「これは…プチトマト…? まさか、これが突っ込んで来たってのかァ!?」
緋髪の少女は紅色の珠を拾いあげると、苛立つ感情を顔にむき出して、それが飛んで来ただろう方角を睨みつける。
「誰だよ、食い物を粗末にすんのは!」
彼女が叫ぶ。
しかしそれらしき影はない。
ただ、朝の日常生活に忙しそうな大人や学生たちが流れて行くだけで。
チッ、と杏子は舌打ちすると、手に持った小さな珠に、もう一度目を落とす。
つやがあり、太陽に光の下、綺麗に輝くそれは、宝のようで実に美味そうだった。
過去の経験(それはまた別のお話)から人一倍食物に対しての想いが強い杏子。
胸から込み上げるもったいない、という感情から、思わずそれの埃を手で払い、口に勢いよく含んだ。
「んっ…! なかなか美味いじゃん!」
口内に広がる優しい甘味。
それを引き立てるように後から来る酸味。
あまりその手は詳しくはない杏子でも、口に含んだ紅色は市販の物ではない、とわかった。
そして一つ、はぁー、とため息。
「あーあ、馬鹿らしい…。 何やってんだ、アタシは…」
紅珠の独特の臭みが、口の中で転がる。
早朝からの空回り。
もう一度、あの方角を向けば、雲一つない空っぽの青空が広がっている。
空っぽの――
「………? あっちの方角は…三滝原…?」
ふと、杏子は気づく。
彼女が口にしたのは、かつて慣れ親しんだ隣街だった。
そして次に出た言葉。
「巴……マミ…」
「やぁ、杏子。 三滝原が気になるのかい?」
「ッ!?」
少女が呟いたその時、後ろから聞こえた温もりのない声。
杏子は慌てて振り向くと、そこには赤い眼に白い毛をした、ネコやイタチにも見える一匹の生物が足元に座っていた。
耳から出た長い毛の先には金色のリングが付いてる。
「なんだ、キュゥべえか…。 驚かすなよな…」
「君が僕に気づかないなんて珍しいね。 何か考え事かい?」
呆れた声で杏子がキュゥべえと呼ぶ白い生物は、軽い口調で問う。
それに対して杏子は、別に…、と毛嫌うように一言。
それに続けて今度は杏子が、鋭い口調でキュゥべえに問いた。
「それで? 一体なんの用だい? たまたま通り掛かったから挨拶に来た、ってわけじゃないんだろ?」
しかしそれに動じることもなく、ただ単調にキュゥべえは答える。
「まさか。 君に一応伝えておこうと思うことがあってね」
「伝えたいこと?」
杏子が首を傾げると、キュゥべえは軽く頷いた。
そしてゆっくりとその口を開く。
「実は―――」
「え……?」
彼の言葉を聞くと、素っ気ない態度を取っていた少女の表情が一変した。
その目を丸くし、しばしの沈黙--そして、
「確かに伝えたよ。 じゃあ、僕は行くよ。 また会おう、佐倉杏子」
キュゥべえのその言葉に、杏子は、ハッと我に返る。
気づいた頃には、白い背中は遠くにあった。
それを見つめて、
また沈黙―、ため息、そして杏子は、微笑した。
彼女は駆け出す。 あの方角へ。
「へへっ、面白い物が空から振ってきたじゃん!」
忙しそうに歩く人々をすり抜け、いくつかの店々を通過する。
その一つの電化製品店から聞こえてくる、テレビの音。
『今日はお昼から天気が一変し、雲が多くなり、所によっては大荒れの天気になるでしょう』
街に強い風が吹き始め、
緋色の髪の少女の背中を押した。
※小説コンテンツに関わる重要なお知らせ
2012/04/01 15:47:08
皆様、お久しぶりです。
いきなりですが、「小説家になろう」様での活動を休止させていただきます。
エイプリルフールではありません。
二次創作禁止の件より、わたしの作品づくりに支障が出ると考え、
別サイト様およびにわたし自身のサイトに活動を移動することにしました。
アカウントはこのまま残し、過去に投稿したオリジナル作品のみ公開した状態にします。
なお、予定していた作品は全て未定とさせていただきます。
今まで応援してくださった方、とても感謝しております。
多大なご迷惑をおかけしますが、ご理解のほう、よろしくお願いします。
今まで、本当にありがとうございました。
2012/4/1 火月夜つむり
いきなりですが、「小説家になろう」様での活動を休止させていただきます。
エイプリルフールではありません。
二次創作禁止の件より、わたしの作品づくりに支障が出ると考え、
別サイト様およびにわたし自身のサイトに活動を移動することにしました。
アカウントはこのまま残し、過去に投稿したオリジナル作品のみ公開した状態にします。
なお、予定していた作品は全て未定とさせていただきます。
今まで応援してくださった方、とても感謝しております。
多大なご迷惑をおかけしますが、ご理解のほう、よろしくお願いします。
今まで、本当にありがとうございました。
2012/4/1 火月夜つむり
あの空の向こうへ
2011/08/20 22:34:27
学校の文芸部として2011年の文化祭に出展させていただいた作品です。
過去の文芸作品と繋がる部分もありますが、知らなくても全然大丈夫なんでご安心を。
ではでは、お楽しみください。(ペコリ
とある世界の、とある場所の、とある時間の――。
空に浮かぶ都市に住む兄妹。
空の向こうに夢を見る兄。 その背中を見守る妹。
ある日見つけた一冊のノートから、二人の運命は大きく変わることとなる。
これは、少年の夢から始まる『夢』と『絆』の物語。
過去の文芸作品と繋がる部分もありますが、知らなくても全然大丈夫なんでご安心を。
ではでは、お楽しみください。(ペコリ
とある世界の、とある場所の、とある時間の――。
空に浮かぶ都市に住む兄妹。
空の向こうに夢を見る兄。 その背中を見守る妹。
ある日見つけた一冊のノートから、二人の運命は大きく変わることとなる。
これは、少年の夢から始まる『夢』と『絆』の物語。
********
0)
「ねぇ、アニキ。 何をしてるの?」
「ん? あぁ、ちょっとな」
小さな照明に薄暗く照らされたガレージ。
油と金属の臭いで満ちた空間で、兄妹は言葉を交わす。
兄は妹に背を向け、手には六角レンチ。
グリグリとネジを回すそんな彼の目の前には、一台のプロペラ飛行機。
何年か使われていないのか、所々の錆が目につく。
「これでよし…!」
兄はしっかりとネジを固定すると、ふーっと息をついて額の汗を拭った。
その表情は満足そうな笑顔で。
それに妹は半ば呆れた様子で。
「毎晩毎晩、よく飽きないよね…」
「まぁな。 僕はこいつに夢を乗せているからな」
「夢?」
妹が問うと兄は振り向いて、へへっとがき大将のように鼻を擦って答える。
「僕はこいつで、あの空の向こうに行ってみたい。 あのどこまでも続く、青い青いあの向こうに、な」
とある世界。 とある場所。
とある時代。 とある時間。
様々な空間と時間の狭間で生まれる、様々な物語。
ある人物は自分の勇気に気づき、
ある人物は自分の過去を乗り越え、
ある人物は自分の可能性を知る。
そして今もどこかで生まれている、数々の物語。
これはその一つ。
さぁ、始めよう。
これは一人の少年から始まる、夢と絆の物語―――。
********
1)
目まぐるしく発展していく世界から隔離し、そう生きていくことを決めた種族が住む、とある海の上の空に浮かぶ空中都市、エアルヴァン。
古代から伝わる不思議な力で浮かぶこの都市だが、都市といってもビルが建ち並ぶわけでもなく、緑に溢れ、どこかのどかで、田舎のような雰囲気が漂っていた。
住宅や商業施設が集中している中央から外れ、さらに田舎臭が漂う北の方。
そこの海沿い(空中に浮いているので正しくが崖っぷちだが)にエアルヴァンには珍しい、なかなかの高さのビルらしき建物の廃墟がある。
崩れたコンクリートの壁。
剥き出しになった赤い錆色の鉄骨。
見上げれば青空が広がる天井。
一目見ただけでずいぶん前に建てられ、今は使われていないことがよくわかる。
そんな廃墟の最上階。 そこが兄妹のお気に入りの場所だった。
「今日もいい眺めだよな」
完全に崩壊した壁から見える絶景とも言える青い空と海に、兄のナミカゼが呟く。
それに頷く妹のシナモン。
ナミカゼは空から射す光に輝く銀髪を、
シナモンは桜のような鮮やかな桃色の髪を、二人揃って三つ網みにし、それを海から吹き抜ける風がなびかせる。
優しい緑色の眼、少し大きめの黄色い帽子、青を基調とした半袖のジャケット。
お揃いの衣装が彼らを兄妹だということをより強調しているようだった。
「ねぇ、アニキ。 アニキはどうして向こうに行きたいの?」
シナモンがふと、昨夜の会話を思い出し兄に問いた。
それにナミカゼは目の前の青色をまっすぐ見つめながら答える。
「僕は見てみたいんだよ、外の世界を。 そこにはこんな狭い街にはない、すっごい物が沢山あるはずなんだ」
そう言うと、ナミカゼは笑みを浮かべながら両手をいっぱいに広げ、自分の期待の大きさを表現してみる。
それにシナモンは尋ねた割には、ふーんと軽い一言。
昔からそれほど変わらないエアルヴァン。
周りとの関わりを絶ち、外からは何も入ってこないが、伝統で伝わる技術もそれなりに高度でこれといって不自由な点もない。
それをつまらないと言うか、満足と言うかは人それぞれで――。
「勉強もろくにしないヤツが、ちっさい夢ですねぇ」
と、こんなことを言う者もいる。
後ろからする声に兄妹が振り向くと、眼鏡と茶髪おさげが印象的な少女がゆっくりと錆れた螺旋階段を上ってくるのが見えた。
「なんだよ、アニィ。 人の夢にケチ付けんなよ…」
「じゃあ、もっと勉強するか、ぶっ飛んだ野望たてやがれです」
口調が丁寧なのか悪いのかよくわからない彼女は、アニィ。
兄妹の幼なじみで、街では図書館の管理をしている。
アニィはいつも右脇に本を携えていて『本の虫』と呼ばれ、少し有名だったりする。
彼女は来て早々にナミカゼに毒を吐くと二人に近づき、ビシッ! と勢いよく空へと指を差した。
「理由もなくただ見たいと思うなら、でっかい物を見なさいです。 宇宙とか!」
「うちゅう……? 何それ、食べられるのか?」
アニィの口から告げられた聞き覚えのない言葉に、ナミカゼは首を傾げる。
シナモンも知らないようで、きょとんとした様子で。
「アニィ、何なのそれ?」
シナモンがそう尋ねるとアニィは、はぁー…、と長いため息をついて顔に手をあてる。
「所詮、飛行機馬鹿とその妹ですか…」
「馬鹿じゃなくてロマンの探求者と言ってほしいね!」
「…絶対違う。 あたし、こんな人と絶対同じじゃない」
アニィが毒づき、ナミカゼが無駄にカッコつけ(正直ダサい)、シナモンが腹黒くツッコミを入れる。
これが彼らのいつもの様子。
言い合いになることもあるが、自然と笑顔になる三人。
青空にふわりと浮かぶ雲のようにゆっくりと時間が流れてゆく。
「しょうがないですねぇ。 ウチの図書館でみっちり講義してやるのです」
「あ、ちょうどいい! エンジン関係の本が読みたかったんだよね!」
「人の話聞けですーっ!!」
アニィが膨れっ面で腕をバタバタしながら叫ぶと、ナミカゼはそれをからかうように螺旋階段のほうへ軽快に走り出す。
それを追うアニィに続いてシナモンも、呆れつつも小さく微笑んで、ゆっくりと歩き出した。
どこにでもある会話。 当たり前で、あの空のようにずっと続くだろう日常。
それでも空は、突然暗い陰を落とすときもあるということを、この時彼らはまだ知らなかった―――。
「ん…? なんだろう?」
螺旋階段を下りようとしたシナモンだが、その近くの壁の一部が不自然に窪んでいることに気づいた。
顔を近づけて確認しようとしたが、下からアニィの声がする。
「おーい、シナモン! 早くしないとあの馬鹿が行っちゃうです!」
「あ、うん。 今、行く!」
まぁ、いっか。 きっと壁が崩れたのだろう。
シナモンはそう思い、駆け足で階段を下っていった。
********
2)
アニィの図書館は街角にある赤いレンガで造られた建物だ。
エアルヴァンで唯一の図書館で、外の世界の本もあり、意外と充実した設備になっている。
背の高い本棚が並ぶ館内は、天窓から射す光で明るく照らされていた。
「よっしゃ、ひっこうき♪」
「コラッ、図書館では静かにするです」
入口をくぐると、ナミカゼはアニィの注意もお構いなしに突風のような勢いで技術関係の欄へ飛んでいってしまった。
仕方なくアニィはシナモン一人を中央の長机に座らせ、天体の欄の棚から一冊の分厚い本を取り出す。
ぼふっ!!
アニィがそれを机に置くと、埃とカビ臭い息を吹き出した。
大体百年くらい前からある物のですから、とアニィは軽い口調で結構な桁を言うと、パラパラとページをめくる。
「これが宇宙、その一部です」
「凄い、キレイ……」
本の半ば辺り。 そこに描かれていたのは、真っ黒な背景に無数の白い粒。 そして大きな赤や青の球体。
アニィが丁寧に説明するその幻想的な世界に、シナモンは胸の奥で何かが高鳴るのを感じた。
「太陽や月に、無数の星。 この空のずっと上には、こんなにも美しい世界が広がっているんですよ」
「へぇ…! じゃあ、アニィ。 これはなんていう星?」
シナモンが少し興奮気味に指差したのは、青い空色の星だった。
その様子を見て微笑むアニィは優しい口調で答える。
「地球、です。 わたしたちが今ここで生きている星です」
「地球……。 あたしが今、この地球に…?」
シナモンはその答えにとても不思議な気持ちになった。
自分の世界の空のずっと上に広がる世界。 その中の一つの星に自分が生きていて―――
「おっ、あったあった♪」
ナミカゼは足元に置かれた梯子に上り、棚の上の方にある表紙に小難しいタイトルだけが書かれ、いかにもマニアックそうな本を取り出す。
そのとき――
「おっと…」
その本と本の隙間から何かが床にこぼれ落ちる。
「…ノート?」
ナミカゼは梯子から飛び降り、しゃがみ込んで拾いあげると、それは暗い森のような緑色の薄いノート。
ナミカゼはなぜかわからないが、直感的に少し不気味だとも思った。
眉間にしわを寄せ、恐る恐るノートの中に目を通す。
「これは……?!」
ナミカゼの表情は一転した。
驚きに満ち、そしてどこか深刻な鋭い目つきに。
空の光を灰色の厚い雲が遮っていき、天窓の明かりが小さくなった館内は薄暗い闇に包まれようとしていた―――。
********
3)
真っ黒の空、腹に響く雷の低音、滝のように降り注ぐ夕立。
兄妹の帰り道は散々なものだった。
慌てて走ったものの、図書館のある中央区から南の外れにある二人の家までは結構な距離がある。
頭から足の先までずぶ濡れで、身体に張り付く衣服が妙に気持ちが悪い。
「うわぁ…、中までびしょ濡れ…」
「アニキ、絶対にコッチ見ないでね」
玄関の軒下で、あのうっとうしい雨雲を見上げる二人。
憂鬱な表情でそのまま突っ立っていると、後ろのドアがゆっくりと開いた。
そこから顔を出したのは、無愛想な年配の男性。 二人の伯父だった。
「お前ら、いい加減に中に入れ」
伯父はそう言うと、二人の濡れた顔に勢いよく白いタオルを投げ付ける。
「何すんだよっ!」
その雑な態度にナミカゼが眉間にしわを寄せて怒鳴るが、伯父はふんっ…、と不機嫌そうに鼻を鳴らしてさっさと中に入ってしまった。
兄妹は伯父と三人暮らしだ。
といっても伯父は街に仕事に行って、ほとんど家にいない。
二人との仲もそれほど良くはなく、兄と衝突するのはよくある光景である。
二人は身体についた水を拭き取ると、ナミカゼは部屋で着替え、シナモンは先に風呂に入ることにした。
ナミカゼは階段を上がり、兄妹二人で使っている小部屋に入る。
着替えをさっさと済ませると、そのままの勢いで二段ベッドの下段にぼふっ、と倒れ込んだ。
(今日は疲れた……)
眼をつぶると、頭に過ぎるのは昼間に読んだあのノート。
中に書かれていた文字が渦を巻くような感覚がする。
(あれは、本当に……)
その渦に飲まれるように、うとうとと眠りに落ちそうな――、そんな時だった。
「きゃぁぁぁあ!!」
「!?」
下の風呂場からシナモンの悲鳴が家中を駆け回ったのだ。
ナミカゼは慌てて飛び起きると、滑るように階段を駆け降り、バンッ! と勢いよく風呂場の扉を開けた。
「どうした、シナモン!!?」
ナミカゼが荒い呼吸で叫ぶ。
シナモンはぺたん、とタイルの床に座り込み、顔を赤らめおどおどとした表情で奥の小さな窓の外を指差していた。
「だ、誰かが、誰かが、の、覗いてた…!」
それを聴いて、ナミカゼは急いで窓から外を確認するが人の気配はない。 逃げられたようだ。
(くそっ…、まさかな…)
ちっ、と舌を鳴らし、口に手を当てるナミカゼ。
そんな兄にシナモンが、ねぇ、アニキ…? と、小さく声をかける。
なんだ、シナモン? と、ナミカゼが振り向くと――
「あ……」
むすっとした表情、眼は涙で潤み、手に洗面器を構えるシナモン。
湯煙に包まれたその姿は--
「アニキの馬鹿ぁぁぁああ!!」
「うわぁ、ちょっ、待っ――」
雨が止み、静寂さと暗闇が徐々に訪れる空に、スコーン! という軽快な音と悲鳴が響きわたった。
********
4)
次の日だった。 強い風が吹き始めたのは。
嵐が迫っているらしい。
雨はまだ降っていないが、雲の流れの速さでわかった。
海上に浮かぶこの都市だから、これだけは避けることはできない。
そんな日にも関わらず、幼なじみ三人はいつもの廃墟にいた。
ナミカゼが呼び出したからだ。
「で、何なんですか? 話って」
アニィが床に足を広げて座り、空を見上げて面倒臭そうに言った。
それにナミカゼは、あぁ…と低い声で答える。
「僕、明日にここを出る。 飛行機の修復が完了したから…」
それは突然の告白だった。
アニィ、そして妹であるシナモンも驚きを隠しきれない。
それはつまり、突然の別れを意味していたのだから。
「え、えと冗談ですよね…? そんなに急に言われても困るんですけど…?」
動揺して声が震えるアニィが問うが、ナミカゼは首を横に振った。
シナモンは俯く。
「アニキ…、あたしはどうなるの…?」
ナミカゼは優しく微笑んで、そっと妹の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、すぐに帰ってくるからさ」
そしてあの空の向こうを見つめる。 その眼差しはずっと遠く、真っすぐ――。
そう言う兄だったが、シナモンには彼の背中が遠く感じた。
兄が夜空に一つだけ小さく輝く星のように見えた。
向こうから吹く冷たい風が、身体を後ろに押し、彼女の小さな胸を通り抜けていった―――。
********
5)
次の朝。
夜間に嵐は遠ざかったようだが、辺りは一面深い霧に覆われていた。
呼吸をするたび、胸に冷たい空気が流れ込む。
兄妹は家のすぐ横にあるガレージにいた。
ナミカゼのプロペラ飛行機が収められており、シャッターを開ければ、そのまま海へと飛び出すことができる滑走路にもなっている。
「ねぇ、アニキ。 本当に行くの?」
シナモンが胸に手を当て、小さな声で言う。
兄は頷いた。
「シナモン、これをやるよ」
ナミカゼはそう言うと、ズボンのポケットからくすんだ空色のゴーグルを取り出した。
「昔、父さんに貰ったゴーグル。 シナモンにやるよ」
ゴーグルを受け渡す兄妹。 その時、ギュッ、と強く手を握りしめ合って。
そのとき、開けたシャッターの向こうからもう一つ人影があった。 伯父だった。
「おい、こんな霧で行こうってのか?」
伯父は相変わらず不機嫌そうな声で言う。
ナミカゼもいつものように答える。
「何だよ、あんたには関係ないだろ…」
「自然をナメるな」
「今しかないんだよ! あんたに何がわかるんだよ!」
ナミカゼが怒鳴ると、伯父は、好きにしろ…と呟いて家に戻っていった。
ナミカゼはちっ、と舌打ちすると、シナモンとの挨拶もそうそうに飛行機へと乗り込む。
「じゃあ、またな」
「うん…、早く帰ってきてね」
ブロンッ!
ガレージに飛行機のエンジンがかかる低い音が響く――。
「シナモン、お前はお前の空を飛べよ」
兄はそう言って、霧の中へと飛び立っていった。
そして兄は、帰って来なかった。
********
6)
――― 一ヶ月後。
あれから兄からの連絡はない。
街では行方不明ということで、この件は落ち着き始めていた。
それでも妹のシナモンは、まだ諦めきれていない。
胸の奥で、まだあのときの冷たい空気が残っているような――。
シナモンはあの廃墟の最上階にいた。
相変わらず、崩れたコンクリートの壁。
剥き出しになった赤い錆色の鉄骨。
見上げれば青空が広がる天井。
一目見ただけでずいぶん前に建てられ、今は使われていないことがよくわかる。
それでも、前とは違う。
そこには、もう笑い声は聞こえない。
そこには、少年の姿はない。
シナモンは床に座り込み、上を見上げる。
何もない空がただ広がっていた。
何かあるとすれば、兄が残した言葉が空耳として響いているだけだろうか。
首にかけた空と同じ色のゴーグルに触れる。
――ねぇ、アニキ。 今何処にいるの?
――ねぇ、アニキ。 あの日、何が伝えたかったの?
――ねぇ、アニキ……。
シナモンはそのまま仰向けに寝転び、眼をつぶろうとしたとき現実から声がした。
「やっぱりここにいたですか」
シナモンは起き上がると、アニィが螺旋階段をゆっくり上がってくるのが見えた。
彼女は少しお話しませんですか、と言うとシナモンの左側にそっと座り、水平線を見つめた。
「まだ落ち込んでいるんですか…?」
アニィが少し言いづらそうに問うとシナモンは俯いて答える。
「アニキはまだ向こうにいるだけなんだよ…、きっと」
「そうですか…、そうですよね」
アニィはシナモンもその答えを聞くと、ふっ…と微笑み、話題を変えた。
「ねぇ、シナモン。 学校って知っていますか?」
「がっこう……? 食べられない鳥?」
「それは『カッコウ』です…。 というか、あなたたち兄妹の価値基準は食物かどうかなんですか…」
シナモンの兄譲りの天然ボケを、アニィはさらりとツッコむと、すらすらと説明を続ける。
「学校とは外の世界にある、たくさんの人と一緒に勉強するところなんです。 それ以外にも様々な行事があって、とても楽しい場所だそうです」
アニィは図書館で読んだ本から、シナモンに学校について様々な話をした。
給食で余ったアイスクリームを奪い合いの中で、自らの勇気に気づく少年の物語や、
めちゃくちゃな部活生活を通して、自身の可能性に気づく少年の物語、などできるだけ、たくさん。
「へぇ、そなんだ。 面白いんだね、学校生活って」
そんな中で、シナモンが少し笑った。
まだぎこちないが、一ヶ月ぶりの笑顔だった。
それを見てアニィが言う。
「そんな楽しい世界です。 あの馬鹿がしばらく帰ってこないのも無理ないですよ。 だから気にしなくていいんじゃないですか?」
シナモンはその小さな胸に、少しだけ温かい空気が流れた気がした。
それでもまだ、冷たさは渦を巻いている。
――ねぇ、アニキ。 アニキはそんな世界を見たかったの…?
――ねぇ、アニキ……。
********
行間 1)
アニィの提案で久々に図書館に来ることにした。
あの日の前々日ぶりだ。
図書館も前に来た時と何も変わった様子はない。
ここにも兄の面影がないだけだった。
シナモンはあの日と同じ席に座り、
アニィが同じ本を引っ張り出してきて、
同じように本がカビ臭い息を吹き出して、
同じようにページをめくりだし、
同じあの図に目を落とした。
シナモンは今ならわかる。
これは太陽系の図だってこと。
あの空の上に広がる世界で、
真ん中の赤いのが太陽で、
大きな輪があるのが土星で、
この青い星が自分たちの住む地球だって。
そしてシナモンは、あの日と同じように胸の奥で何かが高鳴るのを感じた。 その冷たい胸を温めるかのように。
(宇宙か…、見てみたいな…)
――ねぇ、アニキ。 アニキもこんな気持ちで外の世界に憧れていたの?
********
7)
夕方。
今日はあの日と違い、赤い綺麗な夕日が差し込んでいる。
シナモンは自宅に戻ると、庭で一人伯父が突っ立って空を見上げていた。
ただいま、とシナモンが声をかけるが、伯父は一瞬だけちらっとこちらを見ただけで再び視線を元に戻す。
伯父は兄がいなくなってから――、いや前からこんなものだろうか。 顔を合わせる度にとにかく無愛想だ。
シナモンは二人暮しになって、余計に気まずかった。
兄のことは、
清々した、夢を追ってもろくなことはない、と独り言を呟いたきり、全然話そうともしなかった。
(夢を追ってもろくなことはない…、か)
シナモンは中に入り、階段を上がって小部屋に入る。
兄と使っていた部屋だ。
その部屋の隅に置かれた二段ベッド。 その下段。
兄が寝ていた布団は洗濯されて真っ白だった。
シナモンは何となく、その白に俯せに勢いよく倒れ込んだ。
もし兄がいたら、ブラコン変態、と言われそうだと思った。
「アニキに言われたくないよ…」
布団に顔を押し当て、風呂場の事件を思い出してシナモンは呟く。
(そういえば、あの人影は誰だったんだろう…)
そう思った時、シーツの裏側に何か固くて物があることに気がついた。
まさか兄の――、と一瞬思ったが止めた。
シナモンは赤らめた顔を横に振り、とりあえず落ち着いてシーツをめくることにする。
そこから出てきたのは、――じゃなくて、一冊の深緑のノート。
それからは、ほのかにアニィの図書館の臭いがした。
ノートを開く――
「これは…、日記?」
黄ばんだ紙に並ぶ荒い文字たち。
ページごとに日付が振られていて、誰かの日記のようだった。
兄のものにしては古すぎる。 では誰の物か。
そのときシナモンは、首にかけたゴーグルが気になった。
「そっか…、この日記、お父さんのなんだ」
ページをめくっていくと、途中で書かれなくなっていることに気づく。
その最後の日に目を通したとき、シナモンは驚きで思わず、えっ…、と声を上げた。
胸の奥で灼熱の嵐が吹き荒れ、頬に汗が伝う。
○月○日
今日、私はとんでもないものを完成させてしまった。
それはプロペラ飛行機のエンジンでありながら、宇宙までも飛び立てる力を秘めているのだ。
しかし、これは隠さなければならない。
この技術を応用すれば、恐ろしい軍事兵器を造れるに違いないからだ。
恐らく奴らはもう気づいているだろう。
私は例のガレージの奥に細工を施し、私の飛行機に積み込み、そこへ隠した。
私自身もどこかへ隠れるべきであろう。
幼い息子よ、許してくれ。
いつか会える、その日まで。
――ねぇ、アニキ。 アニキはあの日、自分の空を飛べなかったの…?
********
8)
シナモンはわかった。
兄が急に飛び立とうと決めた理由を。
父の日記、
前日の人影、
旅立った霧の日、
そして最後の言葉。
全て繋がっているとしたら――。
シナモンは息を切らしながら、兄と過ごしたあのガレージへ走る。
冷たいシャッターを勢いよく上に持ち上げると、一目散にその奥へ。
そこには兄が飛行機を触るために使っていた工具が置かれた、シナモンの背を優に越す灰色の棚。
その左にはスペースがあり、そこの床は妙に黒い。
このガレージの配置は父が使っていた頃から変わらない、と前に兄が言っていたのをシナモンは覚えていた。
(あたしの予想が正しいなら…)
シナモンは工具棚をゆっくりと左へ――。
ズズズッ!!
工具棚は見た目によらず、女の子のシナモンの力でもあっさりと動いてしまった。 何か施されていたのだろう。
その奥には、一つの小さな扉。
「あった……!」
シナモンは熱くなった胸が震えているのを感じた。
それを抑えるように、ふーっと息を整える。
よし…、の小さな掛け声と共に、手をドアノブへと伸ばす。
カチャ…、という音が静かなガレージに響き、少女は中へ――。
――飛行機だ。
奥は小部屋のようで、その中央には一台の小型のプロペラ飛行機。 日記に書かれていたものだろう。
近い壁と壁がその飛行機を閉じ込めているような印象だった。
シナモンは推測する。
兄は図書館で父の日記の日記を読み、この飛行機とそれを狙う者の存在を知った。
その後、シナモンが覗きにあう。
シナモンが見たその人影を、兄は直感的に『狙う者』と感じたのだろう。
棚の横のスペースが黒ずんでいたのは、棚を動かした後だ。
今のシナモン同様、兄もここに来たに違いない。
霧の日に旅立ったのは、狙う者を欺くため。
見るからに奥に隠された飛行機は動かせない。
兄は自分の飛行機を囮にしたのではないだろうか。
そして兄の最後の言葉―――。
シナモンはもう一度、ふーっと息を整える。
(でも、少し考え過ぎかな。 想像の部分も多いし…)
そう思った時だった。
ドゴォォォォン!!
激しい音と衝撃と共に、さっき入ってきた扉が宙を舞ったのだ。
シナモンは思わず尻餅をついてしまった。
「やれやれ、やっと見つけましたよ…」
「!?」
コツコツ…、というブーツの音をたてながら一つの人影が中へ。
それを見てシナモンは、予想が確信に変わった。
「この辺りにあるという噂は聴いていましたが、こんな所にあるとは。 感謝しますよ、お嬢さん」
黒のタキシードに黒のハット帽。
全身黒尽くしのすらりと背の高い男性だった。
全ての指と指の間にビー玉を挟んでいる。
男は一度、シナモンにお辞儀をすると例の飛行機のほうを向く。
「これが、スターエンジンを積んだ飛行機ですね。 早速頂きましょうか」
男は『スターエンジン』という聞き慣れない言葉を発したが、シナモンはすぐに日記に書かれていたエンジンだとわかった。
慌てて立ち上がり、男の前に立ち塞がる。
「ダメっ!」
シナモンの強く、大きくて真っすぐな声が部屋中に反響した。
男は一瞬眼を丸くしたが、不気味な笑みを浮かべて言う。
「ギャングを舐めないことです」
シュッ!!
ギャングと名乗る男が右手のビー玉を横の壁へ放り投げる。
するとビー玉は空中で炸裂し、一筋の朱い炎と化して壁を貫く。
ドコンッ! という轟音、壁は粉々に砕け散り、小部屋に夕日が差し込んだ。
その光がシナモンの肌を冷たく刺す。
見たことのない現象を目の前に、彼女は凍り付く。
身体が、動かない。
「銀髪のちっこいギャングといい、ウィッチの小娘といい、どうして私はよくガキに邪魔されるんでしょうねっ!」
さっきの笑みと反し、苛立った表情の男。
今度は左のビー玉を放り投げる。 少女がいる前と。
少女は眼をつぶる―――
ドオォォォン!!
炸裂するビー玉の炎の音が鳴る。
シナモンはゆっくりと眼を開けた――。
「おじ、さん……?」
「よぉぅ、大丈夫か…?」
伯父がシナモンを覆うようにして、そこにいた。
その背中は黒く――。
「ど、どうしてあたしを…?」
シナモンが眼を丸くし、震えた声で問う。
それにいつも無愛想な伯父が、笑みを見せた。
「最後に残った家族、失うわけにはいかないからな……」
返ってきたのは、予想もしない答え。
シナモンは思わず、えっ…と声をあげる。
「俺があのとき止めなかったから、お前の兄はいなくなっちまったんだ。 もう何もしないで家族を失いたくねぇんだよ……」
そのとき、シナモンの頬に何かが流れるのを感じた。
それは冷たいけれど、どこか温かくて。
凍り付いた身体を溶かすようだ。
伯父をよく見ると、その瞳に涙を浮かべていた。
「なぁ、シナモン…」
伯父が言う。
「お前の兄はアイツの空を飛べなかったのだろう?」
シナモンは頷く。
「だったら、お前はお前の空を飛ぶんだ。 俺のように後悔しないようにな…」
伯父はズボンのポケットから何かを取り出し、シナモンの右手にしっかりと握らした。
「北の廃墟に行け。 そこに俺の兄の…、お前の親父の本当の飛行機がある」
「でも、おじさんは…!?」
シナモンが伯父の身を心配して問う。
伯父は、ニカッ! と子供のような笑顔を見せる。
「大丈夫、心配するな! ここは俺に任せろ!」
そう言って、むくっと立ち上がり、獣のような雄叫びを上げながらギャングの男に立ち向かって行った。
「行けぇ、シナモン!!!」
伯父の叫び声と共に、少女は勢いよく立ち上がり、崩れた壁から外へと走り出す。
このとき、彼女の胸の中にはもう、完全に冷たいものはなくなっていた。
――ねぇ、アニキ。 あたし、あたしの空を見つけたよ。
********
9)
太陽が水平線に沈もうとしている。
辺りは薄暗くなり、小さな星たちが夜空を飾ろうとしていた。
そんな中、少女は息を切らしながらも、風のように走る。
本当のところ、彼女の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
兄の真実、
スターエンジン、
ギャング、
伯父の本当の気持ち――。
ほんの少しの時間で、とてつもなく壮大な出来事が起こっている。
夢かと思うほどに、だ。
それでも彼女は無我夢中で走る。
一つだけ。
一つだけ、今まで厚い雲で覆われていたものが、今ならすっきりと晴れているから。
中央区に差し掛かった辺り。
向こうでアニィが手を振っているのに気づく。
汗だくで、険しい山道を登った後のような表情だ。
「ど、どうしたんです、シナモン? さっき、シナモンの家から爆発のような音が…」
アニィは走ってきたようで、息を切らしながら言う。
シナモンはそのままの勢いで。
「アニィ、ついてきて! 話は行きながら話すから!」
パッ! とシナモンがアニィの手を取り、再び風となった。
「ええ、ちょ、待ってくださいですぅぅぅ!!」
廃墟の最上階に着いた。
辺りはもう暗闇に包まれ、月の光が少女たちを青く照らす。
「も、もう…、強引ですよ…。 ところでその飛行機の隠し場所に心当たりはあるんです?」
アニィが月の光で余計に青く見える顔で言った。
シナモンはしっかりと頷くと、螺旋階段の近くの壁に左手を触れた。
彼女は思い出す。
兄のいなくなった前々日。
三人で図書館に向かう前。
その一部が不自然に窪んでいることを。
「あった……」
手探りでそれを見つけると、伯父が握らした右手をゆっくりと開く――― 一つの鍵があった。
それを、窪みに押し込む。
カチッ。
軽い音が鳴る。
そして壁は自ら上へ――。
「この廃墟がまさかガレージであり、滑走路ですとは……」
アニィが驚きの声をあげた越えた先。
一台のプロペラ飛行機がどこか堂々した風格で立っていた。
飛行機に近づく。
月で輝くその白いボディーは、古さというのを感じさせない。
「これがお父さんの……」
シナモンがそう呟いた時だった。
コツコツ…という音が螺旋階段の下から廃墟に響いて聞こえてくる。
自宅のガレージで聞いた、あのブーツの音。
一瞬、伯父の身が気になったが、シナモンは飛行機に飛び乗った。
それを見てアニィが慌てて言う。
「ほ、本当に行くんですか!? もしかしたら、アイツみたいに……」
アニィの表情は雲で陰ったような。 あの日の前日と同じ表情。
「大丈夫だよ」
シナモンは微笑む。
「あたしは、あたしの空を飛ぶ。 安心して、すぐに戻るから」
アニィは戸惑う。
もしあの日のようになれば…、そう思うと怖くて堪らなかった。
しかし、シナモンの瞳は一等星のように強く輝いている。
いつもの大人しい彼女の優しさに加え、懐かしい風のような強い意思を感じた。
見ていると自然に笑みがこぼれるような。
「そうですか…、そうですね」
アニィはそう言うと、プロペラ機の近くに机があることに気づき、その上に置いてあった物をシナモンに投げ渡す。
それは片耳に付けるマイクとスピーカー一体型の通信機だった。
「シナモンが飛んでいる間、わたしは地上からサポートするです!」
シナモンは笑う。 太陽のような笑顔で。
「アニィ…! うん、ありがとう!」
螺旋階段からの足音はどんどん近くなる。
それでもシナモンは慌てず、右耳に通信機を付け、首にかけたゴーグルを眼に当てた。
操縦は兄の話を聞いていたので、大体はわかる。
――アニキ……。
胸の奥に高鳴る熱いものを感じた。
――アニィ、おじさん……。
腕を伸ばし、エンジンを回す。
ブロンッ! という音と共に深く呼吸をし、操縦桿を握る――。
――行くよ!!
それに気づいた足音が速くなる。
プロペラが回り、飛行機は加速する。
(お願い、間に合うです…!)
アニィが祈る。
そして――
ブォォォオン!!
飛行機は離陸し、夜の空へと飛び出した。
「やった…! やったです!」
「し、しまった……!!」
シナモンは通信機でアニィとギャングの叫びを確認する。
――ねぇ、アニキ。 アニキがあの日飛んだとき、こんな景色は見れなかったんじゃないかな。
向こうはまだ少しだけ明るい水平線。
顔を通り抜ける爽やかな風。
下は空からの光で波がきらきらと優しく輝く海。
そして上は――。
――ねぇ、アニキ。 今ならわかるよ。 あの日、何が言いたかったを、さ。
空って、夢のことでしょ?
あたしは、あたしの夢を追いかけろ、って言いたかったんだよね。
――ねぇ、アニキ。 あたし、今から飛ぶよ。 あたしの空を。
シナモンはぐっ、と操縦桿を後ろに引いた。
――あの空の向こう、ずっと上にある、あの世界を目指して。
飛行機はどんどん高度をあげる。
ほぼ垂直に、上へと飛ぶ。
「ちょっと、シナモン! 何をする気ですか!?」
右耳からアニィの焦った声が聞こえる。
それにシナモンは、ふっ…と微笑んで、穏やかな声で答えた。
「大丈夫。 ちょっと、宇宙にいってくる――」
つい最近まで、夢なんてなかった。
興味もなかったし、探そうとも思わない。
エアルヴァンにいれば、普通には生活できる。
だから兄の熱く語るのも、いまいちよくわからなかった。
なくても生きていけるからだ。
見つけたとしてもずっと先。 ずっと遠くにあると思っていた。
でも、違った。
本当はずっと近くにあったのだ。
それを少女は気づいた。
友や家族や、兄が、
それを教えてくれたから――。
飛行機は大気圏に突入。
辺りは漆黒に包まれていき、空気は薄まり、少女の意識はもうろうとしていた。
それでも操縦桿は引いたまま、上へ上へ。
そして、白い雲を突き抜ける――
――そこに広がっていたのは、本で読んだあの景色。
無数の光が少女を包む。
――あぁ、ここが、あたしの空……。
少女は振り向く。
青い空色の星。
――あぁ、これが、あたしたちの星。 あたしの世界。 あたしの……。
空を目指した一人の少女は、深い眠りに落ちていった。
********
10)
飛行機はバラバラに砕け散り、あのエンジンはオーバーヒートと海水の侵入で壊れてしまった。
それを追っていた男は、何とか逃げ出した伯父が警察に通報したことにより、その後取り押さえられたようだ。
そして自分の空を目指した少女は――
「まったく、無茶するです。 無傷なのが奇跡ですよ」
「あははは…、ゴメンってば…」
次の日、青い空の下、いつものようにあの廃墟にいた。
前日の行動に腹を立てた幼なじみを、適当に笑ってごまかす。
そのとき、ブォゥ! と突風が海の向こうから吹いた。
あまりの強さに、思わず身体を横に反らす。
「……ん?」
風が止むと、少女は頭上に白い何かが宙を舞っているのに気づいた。
少し跳びはね、右手を伸ばす―――掴んだ。
「なんです、それ?」
「わからない」
それは封筒に包まれた手紙だった。
少女が宛先と送り主を確認する。
「あ……」
温かく優しい風が、彼女の頬を撫でた。
少女は、ふっ…と微笑み、前を向く。
青い青い、あの空の向こう、
白い一筋の飛行機雲が浮かんでいた―――。
********
夢は、未来へ飛ぶ力だ。
今はわからないかもしれない。
見つけてないかもしれない。
絶望で見えなくなるときもある。
だけど、きっとわかるときが、
見えるときが、来るはず。
それはもしかしたら、
だれかとの『絆』が気づかせてくれるかもしれない。
―――あなたの未来が、輝くあの空の向こうのようでありますように。
********
『あとがき的な何か』
どうも、火月夜つむりです。
いつも読んでくれている方々はおはこんばんちは。
お初の方は、はじめまして……、と言っても文芸部として書くのはこれで最後なんですが(苦笑
ウェブでの読んでくださってる皆様はこれからもよろしくお願いしますねぇ(グヘヘ(え
今回は前回の反省を活かし、無駄な話が一切ありません。
おかげでページ数が前回よりもはるかに少ないという…。(ウェブでは文字数参照。
おかげで楽だっ(ry
今回のテーマは『夢』と『絆』です。 嗚呼、実に中二臭い。(
舞台を皿の上…じゃなくて、空の上の街にし、所々の描写に天候を使ったものを多々使用してみました。
逆にその他の描写が単調だったな…、と。
最後の最後まで、〆切ギリギリで書いていました、スイマセン(オイ
相変わらずわかりにくいし、誤字脱字多いし…。
途中で主人公が交代する…という挑戦もしてみましたが、なんだかうまくいってないような…。
作中には、自分が文芸部として書いた作品の内容が少し出ています。
その辺りは前々から読んでくださっている方々は楽しんで頂けたと思います。
読んでない方、知らない方は、それはそれで全然ぶっ飛ばしてくれてかまいませんので(笑
(ギャングの設定は学校では前半のみ、そもそもウェブでは公開していないという…)
あと少しだけ、某アニメの影響を受けていたりする。 キャラの名前とか。
今回は震災のことを配慮して…、と学校のほうから言われまして。
しかも言われたのが、このシナリオのプロットが出来上がってからだったので、急遽内容を大幅改変等々のトラブルもありましたが、なんとか書ききれました…。
それでも、ギリギリの内容だったかなぁ…。 うーん…。
震災した方々が1日でも早い復興願い、自分も出来ることをしていこうと思います。
とりあえず節電です。 節電。 夜更かし止めなければ…。
今回もこの作品を書くにおいて、協力してくださった方々、
そして手にとって下さった読者様に感謝。
部活としてこうやって作品を残すのは最後ですが、ウェブを含め、他の場でこれからも書いていこうと思っています。
もし見かけたときは、また手にとってくれるととても嬉しいです。
ありがとうございました。
これで自分の出番は閉じさせてもらうとして。 2011年8月18日 火月夜つむり
最後まで、某ラノベの影響バリバリだったなぁ…。
0)
「ねぇ、アニキ。 何をしてるの?」
「ん? あぁ、ちょっとな」
小さな照明に薄暗く照らされたガレージ。
油と金属の臭いで満ちた空間で、兄妹は言葉を交わす。
兄は妹に背を向け、手には六角レンチ。
グリグリとネジを回すそんな彼の目の前には、一台のプロペラ飛行機。
何年か使われていないのか、所々の錆が目につく。
「これでよし…!」
兄はしっかりとネジを固定すると、ふーっと息をついて額の汗を拭った。
その表情は満足そうな笑顔で。
それに妹は半ば呆れた様子で。
「毎晩毎晩、よく飽きないよね…」
「まぁな。 僕はこいつに夢を乗せているからな」
「夢?」
妹が問うと兄は振り向いて、へへっとがき大将のように鼻を擦って答える。
「僕はこいつで、あの空の向こうに行ってみたい。 あのどこまでも続く、青い青いあの向こうに、な」
とある世界。 とある場所。
とある時代。 とある時間。
様々な空間と時間の狭間で生まれる、様々な物語。
ある人物は自分の勇気に気づき、
ある人物は自分の過去を乗り越え、
ある人物は自分の可能性を知る。
そして今もどこかで生まれている、数々の物語。
これはその一つ。
さぁ、始めよう。
これは一人の少年から始まる、夢と絆の物語―――。
********
1)
目まぐるしく発展していく世界から隔離し、そう生きていくことを決めた種族が住む、とある海の上の空に浮かぶ空中都市、エアルヴァン。
古代から伝わる不思議な力で浮かぶこの都市だが、都市といってもビルが建ち並ぶわけでもなく、緑に溢れ、どこかのどかで、田舎のような雰囲気が漂っていた。
住宅や商業施設が集中している中央から外れ、さらに田舎臭が漂う北の方。
そこの海沿い(空中に浮いているので正しくが崖っぷちだが)にエアルヴァンには珍しい、なかなかの高さのビルらしき建物の廃墟がある。
崩れたコンクリートの壁。
剥き出しになった赤い錆色の鉄骨。
見上げれば青空が広がる天井。
一目見ただけでずいぶん前に建てられ、今は使われていないことがよくわかる。
そんな廃墟の最上階。 そこが兄妹のお気に入りの場所だった。
「今日もいい眺めだよな」
完全に崩壊した壁から見える絶景とも言える青い空と海に、兄のナミカゼが呟く。
それに頷く妹のシナモン。
ナミカゼは空から射す光に輝く銀髪を、
シナモンは桜のような鮮やかな桃色の髪を、二人揃って三つ網みにし、それを海から吹き抜ける風がなびかせる。
優しい緑色の眼、少し大きめの黄色い帽子、青を基調とした半袖のジャケット。
お揃いの衣装が彼らを兄妹だということをより強調しているようだった。
「ねぇ、アニキ。 アニキはどうして向こうに行きたいの?」
シナモンがふと、昨夜の会話を思い出し兄に問いた。
それにナミカゼは目の前の青色をまっすぐ見つめながら答える。
「僕は見てみたいんだよ、外の世界を。 そこにはこんな狭い街にはない、すっごい物が沢山あるはずなんだ」
そう言うと、ナミカゼは笑みを浮かべながら両手をいっぱいに広げ、自分の期待の大きさを表現してみる。
それにシナモンは尋ねた割には、ふーんと軽い一言。
昔からそれほど変わらないエアルヴァン。
周りとの関わりを絶ち、外からは何も入ってこないが、伝統で伝わる技術もそれなりに高度でこれといって不自由な点もない。
それをつまらないと言うか、満足と言うかは人それぞれで――。
「勉強もろくにしないヤツが、ちっさい夢ですねぇ」
と、こんなことを言う者もいる。
後ろからする声に兄妹が振り向くと、眼鏡と茶髪おさげが印象的な少女がゆっくりと錆れた螺旋階段を上ってくるのが見えた。
「なんだよ、アニィ。 人の夢にケチ付けんなよ…」
「じゃあ、もっと勉強するか、ぶっ飛んだ野望たてやがれです」
口調が丁寧なのか悪いのかよくわからない彼女は、アニィ。
兄妹の幼なじみで、街では図書館の管理をしている。
アニィはいつも右脇に本を携えていて『本の虫』と呼ばれ、少し有名だったりする。
彼女は来て早々にナミカゼに毒を吐くと二人に近づき、ビシッ! と勢いよく空へと指を差した。
「理由もなくただ見たいと思うなら、でっかい物を見なさいです。 宇宙とか!」
「うちゅう……? 何それ、食べられるのか?」
アニィの口から告げられた聞き覚えのない言葉に、ナミカゼは首を傾げる。
シナモンも知らないようで、きょとんとした様子で。
「アニィ、何なのそれ?」
シナモンがそう尋ねるとアニィは、はぁー…、と長いため息をついて顔に手をあてる。
「所詮、飛行機馬鹿とその妹ですか…」
「馬鹿じゃなくてロマンの探求者と言ってほしいね!」
「…絶対違う。 あたし、こんな人と絶対同じじゃない」
アニィが毒づき、ナミカゼが無駄にカッコつけ(正直ダサい)、シナモンが腹黒くツッコミを入れる。
これが彼らのいつもの様子。
言い合いになることもあるが、自然と笑顔になる三人。
青空にふわりと浮かぶ雲のようにゆっくりと時間が流れてゆく。
「しょうがないですねぇ。 ウチの図書館でみっちり講義してやるのです」
「あ、ちょうどいい! エンジン関係の本が読みたかったんだよね!」
「人の話聞けですーっ!!」
アニィが膨れっ面で腕をバタバタしながら叫ぶと、ナミカゼはそれをからかうように螺旋階段のほうへ軽快に走り出す。
それを追うアニィに続いてシナモンも、呆れつつも小さく微笑んで、ゆっくりと歩き出した。
どこにでもある会話。 当たり前で、あの空のようにずっと続くだろう日常。
それでも空は、突然暗い陰を落とすときもあるということを、この時彼らはまだ知らなかった―――。
「ん…? なんだろう?」
螺旋階段を下りようとしたシナモンだが、その近くの壁の一部が不自然に窪んでいることに気づいた。
顔を近づけて確認しようとしたが、下からアニィの声がする。
「おーい、シナモン! 早くしないとあの馬鹿が行っちゃうです!」
「あ、うん。 今、行く!」
まぁ、いっか。 きっと壁が崩れたのだろう。
シナモンはそう思い、駆け足で階段を下っていった。
********
2)
アニィの図書館は街角にある赤いレンガで造られた建物だ。
エアルヴァンで唯一の図書館で、外の世界の本もあり、意外と充実した設備になっている。
背の高い本棚が並ぶ館内は、天窓から射す光で明るく照らされていた。
「よっしゃ、ひっこうき♪」
「コラッ、図書館では静かにするです」
入口をくぐると、ナミカゼはアニィの注意もお構いなしに突風のような勢いで技術関係の欄へ飛んでいってしまった。
仕方なくアニィはシナモン一人を中央の長机に座らせ、天体の欄の棚から一冊の分厚い本を取り出す。
ぼふっ!!
アニィがそれを机に置くと、埃とカビ臭い息を吹き出した。
大体百年くらい前からある物のですから、とアニィは軽い口調で結構な桁を言うと、パラパラとページをめくる。
「これが宇宙、その一部です」
「凄い、キレイ……」
本の半ば辺り。 そこに描かれていたのは、真っ黒な背景に無数の白い粒。 そして大きな赤や青の球体。
アニィが丁寧に説明するその幻想的な世界に、シナモンは胸の奥で何かが高鳴るのを感じた。
「太陽や月に、無数の星。 この空のずっと上には、こんなにも美しい世界が広がっているんですよ」
「へぇ…! じゃあ、アニィ。 これはなんていう星?」
シナモンが少し興奮気味に指差したのは、青い空色の星だった。
その様子を見て微笑むアニィは優しい口調で答える。
「地球、です。 わたしたちが今ここで生きている星です」
「地球……。 あたしが今、この地球に…?」
シナモンはその答えにとても不思議な気持ちになった。
自分の世界の空のずっと上に広がる世界。 その中の一つの星に自分が生きていて―――
「おっ、あったあった♪」
ナミカゼは足元に置かれた梯子に上り、棚の上の方にある表紙に小難しいタイトルだけが書かれ、いかにもマニアックそうな本を取り出す。
そのとき――
「おっと…」
その本と本の隙間から何かが床にこぼれ落ちる。
「…ノート?」
ナミカゼは梯子から飛び降り、しゃがみ込んで拾いあげると、それは暗い森のような緑色の薄いノート。
ナミカゼはなぜかわからないが、直感的に少し不気味だとも思った。
眉間にしわを寄せ、恐る恐るノートの中に目を通す。
「これは……?!」
ナミカゼの表情は一転した。
驚きに満ち、そしてどこか深刻な鋭い目つきに。
空の光を灰色の厚い雲が遮っていき、天窓の明かりが小さくなった館内は薄暗い闇に包まれようとしていた―――。
********
3)
真っ黒の空、腹に響く雷の低音、滝のように降り注ぐ夕立。
兄妹の帰り道は散々なものだった。
慌てて走ったものの、図書館のある中央区から南の外れにある二人の家までは結構な距離がある。
頭から足の先までずぶ濡れで、身体に張り付く衣服が妙に気持ちが悪い。
「うわぁ…、中までびしょ濡れ…」
「アニキ、絶対にコッチ見ないでね」
玄関の軒下で、あのうっとうしい雨雲を見上げる二人。
憂鬱な表情でそのまま突っ立っていると、後ろのドアがゆっくりと開いた。
そこから顔を出したのは、無愛想な年配の男性。 二人の伯父だった。
「お前ら、いい加減に中に入れ」
伯父はそう言うと、二人の濡れた顔に勢いよく白いタオルを投げ付ける。
「何すんだよっ!」
その雑な態度にナミカゼが眉間にしわを寄せて怒鳴るが、伯父はふんっ…、と不機嫌そうに鼻を鳴らしてさっさと中に入ってしまった。
兄妹は伯父と三人暮らしだ。
といっても伯父は街に仕事に行って、ほとんど家にいない。
二人との仲もそれほど良くはなく、兄と衝突するのはよくある光景である。
二人は身体についた水を拭き取ると、ナミカゼは部屋で着替え、シナモンは先に風呂に入ることにした。
ナミカゼは階段を上がり、兄妹二人で使っている小部屋に入る。
着替えをさっさと済ませると、そのままの勢いで二段ベッドの下段にぼふっ、と倒れ込んだ。
(今日は疲れた……)
眼をつぶると、頭に過ぎるのは昼間に読んだあのノート。
中に書かれていた文字が渦を巻くような感覚がする。
(あれは、本当に……)
その渦に飲まれるように、うとうとと眠りに落ちそうな――、そんな時だった。
「きゃぁぁぁあ!!」
「!?」
下の風呂場からシナモンの悲鳴が家中を駆け回ったのだ。
ナミカゼは慌てて飛び起きると、滑るように階段を駆け降り、バンッ! と勢いよく風呂場の扉を開けた。
「どうした、シナモン!!?」
ナミカゼが荒い呼吸で叫ぶ。
シナモンはぺたん、とタイルの床に座り込み、顔を赤らめおどおどとした表情で奥の小さな窓の外を指差していた。
「だ、誰かが、誰かが、の、覗いてた…!」
それを聴いて、ナミカゼは急いで窓から外を確認するが人の気配はない。 逃げられたようだ。
(くそっ…、まさかな…)
ちっ、と舌を鳴らし、口に手を当てるナミカゼ。
そんな兄にシナモンが、ねぇ、アニキ…? と、小さく声をかける。
なんだ、シナモン? と、ナミカゼが振り向くと――
「あ……」
むすっとした表情、眼は涙で潤み、手に洗面器を構えるシナモン。
湯煙に包まれたその姿は--
「アニキの馬鹿ぁぁぁああ!!」
「うわぁ、ちょっ、待っ――」
雨が止み、静寂さと暗闇が徐々に訪れる空に、スコーン! という軽快な音と悲鳴が響きわたった。
********
4)
次の日だった。 強い風が吹き始めたのは。
嵐が迫っているらしい。
雨はまだ降っていないが、雲の流れの速さでわかった。
海上に浮かぶこの都市だから、これだけは避けることはできない。
そんな日にも関わらず、幼なじみ三人はいつもの廃墟にいた。
ナミカゼが呼び出したからだ。
「で、何なんですか? 話って」
アニィが床に足を広げて座り、空を見上げて面倒臭そうに言った。
それにナミカゼは、あぁ…と低い声で答える。
「僕、明日にここを出る。 飛行機の修復が完了したから…」
それは突然の告白だった。
アニィ、そして妹であるシナモンも驚きを隠しきれない。
それはつまり、突然の別れを意味していたのだから。
「え、えと冗談ですよね…? そんなに急に言われても困るんですけど…?」
動揺して声が震えるアニィが問うが、ナミカゼは首を横に振った。
シナモンは俯く。
「アニキ…、あたしはどうなるの…?」
ナミカゼは優しく微笑んで、そっと妹の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、すぐに帰ってくるからさ」
そしてあの空の向こうを見つめる。 その眼差しはずっと遠く、真っすぐ――。
そう言う兄だったが、シナモンには彼の背中が遠く感じた。
兄が夜空に一つだけ小さく輝く星のように見えた。
向こうから吹く冷たい風が、身体を後ろに押し、彼女の小さな胸を通り抜けていった―――。
********
5)
次の朝。
夜間に嵐は遠ざかったようだが、辺りは一面深い霧に覆われていた。
呼吸をするたび、胸に冷たい空気が流れ込む。
兄妹は家のすぐ横にあるガレージにいた。
ナミカゼのプロペラ飛行機が収められており、シャッターを開ければ、そのまま海へと飛び出すことができる滑走路にもなっている。
「ねぇ、アニキ。 本当に行くの?」
シナモンが胸に手を当て、小さな声で言う。
兄は頷いた。
「シナモン、これをやるよ」
ナミカゼはそう言うと、ズボンのポケットからくすんだ空色のゴーグルを取り出した。
「昔、父さんに貰ったゴーグル。 シナモンにやるよ」
ゴーグルを受け渡す兄妹。 その時、ギュッ、と強く手を握りしめ合って。
そのとき、開けたシャッターの向こうからもう一つ人影があった。 伯父だった。
「おい、こんな霧で行こうってのか?」
伯父は相変わらず不機嫌そうな声で言う。
ナミカゼもいつものように答える。
「何だよ、あんたには関係ないだろ…」
「自然をナメるな」
「今しかないんだよ! あんたに何がわかるんだよ!」
ナミカゼが怒鳴ると、伯父は、好きにしろ…と呟いて家に戻っていった。
ナミカゼはちっ、と舌打ちすると、シナモンとの挨拶もそうそうに飛行機へと乗り込む。
「じゃあ、またな」
「うん…、早く帰ってきてね」
ブロンッ!
ガレージに飛行機のエンジンがかかる低い音が響く――。
「シナモン、お前はお前の空を飛べよ」
兄はそう言って、霧の中へと飛び立っていった。
そして兄は、帰って来なかった。
********
6)
――― 一ヶ月後。
あれから兄からの連絡はない。
街では行方不明ということで、この件は落ち着き始めていた。
それでも妹のシナモンは、まだ諦めきれていない。
胸の奥で、まだあのときの冷たい空気が残っているような――。
シナモンはあの廃墟の最上階にいた。
相変わらず、崩れたコンクリートの壁。
剥き出しになった赤い錆色の鉄骨。
見上げれば青空が広がる天井。
一目見ただけでずいぶん前に建てられ、今は使われていないことがよくわかる。
それでも、前とは違う。
そこには、もう笑い声は聞こえない。
そこには、少年の姿はない。
シナモンは床に座り込み、上を見上げる。
何もない空がただ広がっていた。
何かあるとすれば、兄が残した言葉が空耳として響いているだけだろうか。
首にかけた空と同じ色のゴーグルに触れる。
――ねぇ、アニキ。 今何処にいるの?
――ねぇ、アニキ。 あの日、何が伝えたかったの?
――ねぇ、アニキ……。
シナモンはそのまま仰向けに寝転び、眼をつぶろうとしたとき現実から声がした。
「やっぱりここにいたですか」
シナモンは起き上がると、アニィが螺旋階段をゆっくり上がってくるのが見えた。
彼女は少しお話しませんですか、と言うとシナモンの左側にそっと座り、水平線を見つめた。
「まだ落ち込んでいるんですか…?」
アニィが少し言いづらそうに問うとシナモンは俯いて答える。
「アニキはまだ向こうにいるだけなんだよ…、きっと」
「そうですか…、そうですよね」
アニィはシナモンもその答えを聞くと、ふっ…と微笑み、話題を変えた。
「ねぇ、シナモン。 学校って知っていますか?」
「がっこう……? 食べられない鳥?」
「それは『カッコウ』です…。 というか、あなたたち兄妹の価値基準は食物かどうかなんですか…」
シナモンの兄譲りの天然ボケを、アニィはさらりとツッコむと、すらすらと説明を続ける。
「学校とは外の世界にある、たくさんの人と一緒に勉強するところなんです。 それ以外にも様々な行事があって、とても楽しい場所だそうです」
アニィは図書館で読んだ本から、シナモンに学校について様々な話をした。
給食で余ったアイスクリームを奪い合いの中で、自らの勇気に気づく少年の物語や、
めちゃくちゃな部活生活を通して、自身の可能性に気づく少年の物語、などできるだけ、たくさん。
「へぇ、そなんだ。 面白いんだね、学校生活って」
そんな中で、シナモンが少し笑った。
まだぎこちないが、一ヶ月ぶりの笑顔だった。
それを見てアニィが言う。
「そんな楽しい世界です。 あの馬鹿がしばらく帰ってこないのも無理ないですよ。 だから気にしなくていいんじゃないですか?」
シナモンはその小さな胸に、少しだけ温かい空気が流れた気がした。
それでもまだ、冷たさは渦を巻いている。
――ねぇ、アニキ。 アニキはそんな世界を見たかったの…?
――ねぇ、アニキ……。
********
行間 1)
アニィの提案で久々に図書館に来ることにした。
あの日の前々日ぶりだ。
図書館も前に来た時と何も変わった様子はない。
ここにも兄の面影がないだけだった。
シナモンはあの日と同じ席に座り、
アニィが同じ本を引っ張り出してきて、
同じように本がカビ臭い息を吹き出して、
同じようにページをめくりだし、
同じあの図に目を落とした。
シナモンは今ならわかる。
これは太陽系の図だってこと。
あの空の上に広がる世界で、
真ん中の赤いのが太陽で、
大きな輪があるのが土星で、
この青い星が自分たちの住む地球だって。
そしてシナモンは、あの日と同じように胸の奥で何かが高鳴るのを感じた。 その冷たい胸を温めるかのように。
(宇宙か…、見てみたいな…)
――ねぇ、アニキ。 アニキもこんな気持ちで外の世界に憧れていたの?
********
7)
夕方。
今日はあの日と違い、赤い綺麗な夕日が差し込んでいる。
シナモンは自宅に戻ると、庭で一人伯父が突っ立って空を見上げていた。
ただいま、とシナモンが声をかけるが、伯父は一瞬だけちらっとこちらを見ただけで再び視線を元に戻す。
伯父は兄がいなくなってから――、いや前からこんなものだろうか。 顔を合わせる度にとにかく無愛想だ。
シナモンは二人暮しになって、余計に気まずかった。
兄のことは、
清々した、夢を追ってもろくなことはない、と独り言を呟いたきり、全然話そうともしなかった。
(夢を追ってもろくなことはない…、か)
シナモンは中に入り、階段を上がって小部屋に入る。
兄と使っていた部屋だ。
その部屋の隅に置かれた二段ベッド。 その下段。
兄が寝ていた布団は洗濯されて真っ白だった。
シナモンは何となく、その白に俯せに勢いよく倒れ込んだ。
もし兄がいたら、ブラコン変態、と言われそうだと思った。
「アニキに言われたくないよ…」
布団に顔を押し当て、風呂場の事件を思い出してシナモンは呟く。
(そういえば、あの人影は誰だったんだろう…)
そう思った時、シーツの裏側に何か固くて物があることに気がついた。
まさか兄の――、と一瞬思ったが止めた。
シナモンは赤らめた顔を横に振り、とりあえず落ち着いてシーツをめくることにする。
そこから出てきたのは、――じゃなくて、一冊の深緑のノート。
それからは、ほのかにアニィの図書館の臭いがした。
ノートを開く――
「これは…、日記?」
黄ばんだ紙に並ぶ荒い文字たち。
ページごとに日付が振られていて、誰かの日記のようだった。
兄のものにしては古すぎる。 では誰の物か。
そのときシナモンは、首にかけたゴーグルが気になった。
「そっか…、この日記、お父さんのなんだ」
ページをめくっていくと、途中で書かれなくなっていることに気づく。
その最後の日に目を通したとき、シナモンは驚きで思わず、えっ…、と声を上げた。
胸の奥で灼熱の嵐が吹き荒れ、頬に汗が伝う。
○月○日
今日、私はとんでもないものを完成させてしまった。
それはプロペラ飛行機のエンジンでありながら、宇宙までも飛び立てる力を秘めているのだ。
しかし、これは隠さなければならない。
この技術を応用すれば、恐ろしい軍事兵器を造れるに違いないからだ。
恐らく奴らはもう気づいているだろう。
私は例のガレージの奥に細工を施し、私の飛行機に積み込み、そこへ隠した。
私自身もどこかへ隠れるべきであろう。
幼い息子よ、許してくれ。
いつか会える、その日まで。
――ねぇ、アニキ。 アニキはあの日、自分の空を飛べなかったの…?
********
8)
シナモンはわかった。
兄が急に飛び立とうと決めた理由を。
父の日記、
前日の人影、
旅立った霧の日、
そして最後の言葉。
全て繋がっているとしたら――。
シナモンは息を切らしながら、兄と過ごしたあのガレージへ走る。
冷たいシャッターを勢いよく上に持ち上げると、一目散にその奥へ。
そこには兄が飛行機を触るために使っていた工具が置かれた、シナモンの背を優に越す灰色の棚。
その左にはスペースがあり、そこの床は妙に黒い。
このガレージの配置は父が使っていた頃から変わらない、と前に兄が言っていたのをシナモンは覚えていた。
(あたしの予想が正しいなら…)
シナモンは工具棚をゆっくりと左へ――。
ズズズッ!!
工具棚は見た目によらず、女の子のシナモンの力でもあっさりと動いてしまった。 何か施されていたのだろう。
その奥には、一つの小さな扉。
「あった……!」
シナモンは熱くなった胸が震えているのを感じた。
それを抑えるように、ふーっと息を整える。
よし…、の小さな掛け声と共に、手をドアノブへと伸ばす。
カチャ…、という音が静かなガレージに響き、少女は中へ――。
――飛行機だ。
奥は小部屋のようで、その中央には一台の小型のプロペラ飛行機。 日記に書かれていたものだろう。
近い壁と壁がその飛行機を閉じ込めているような印象だった。
シナモンは推測する。
兄は図書館で父の日記の日記を読み、この飛行機とそれを狙う者の存在を知った。
その後、シナモンが覗きにあう。
シナモンが見たその人影を、兄は直感的に『狙う者』と感じたのだろう。
棚の横のスペースが黒ずんでいたのは、棚を動かした後だ。
今のシナモン同様、兄もここに来たに違いない。
霧の日に旅立ったのは、狙う者を欺くため。
見るからに奥に隠された飛行機は動かせない。
兄は自分の飛行機を囮にしたのではないだろうか。
そして兄の最後の言葉―――。
シナモンはもう一度、ふーっと息を整える。
(でも、少し考え過ぎかな。 想像の部分も多いし…)
そう思った時だった。
ドゴォォォォン!!
激しい音と衝撃と共に、さっき入ってきた扉が宙を舞ったのだ。
シナモンは思わず尻餅をついてしまった。
「やれやれ、やっと見つけましたよ…」
「!?」
コツコツ…、というブーツの音をたてながら一つの人影が中へ。
それを見てシナモンは、予想が確信に変わった。
「この辺りにあるという噂は聴いていましたが、こんな所にあるとは。 感謝しますよ、お嬢さん」
黒のタキシードに黒のハット帽。
全身黒尽くしのすらりと背の高い男性だった。
全ての指と指の間にビー玉を挟んでいる。
男は一度、シナモンにお辞儀をすると例の飛行機のほうを向く。
「これが、スターエンジンを積んだ飛行機ですね。 早速頂きましょうか」
男は『スターエンジン』という聞き慣れない言葉を発したが、シナモンはすぐに日記に書かれていたエンジンだとわかった。
慌てて立ち上がり、男の前に立ち塞がる。
「ダメっ!」
シナモンの強く、大きくて真っすぐな声が部屋中に反響した。
男は一瞬眼を丸くしたが、不気味な笑みを浮かべて言う。
「ギャングを舐めないことです」
シュッ!!
ギャングと名乗る男が右手のビー玉を横の壁へ放り投げる。
するとビー玉は空中で炸裂し、一筋の朱い炎と化して壁を貫く。
ドコンッ! という轟音、壁は粉々に砕け散り、小部屋に夕日が差し込んだ。
その光がシナモンの肌を冷たく刺す。
見たことのない現象を目の前に、彼女は凍り付く。
身体が、動かない。
「銀髪のちっこいギャングといい、ウィッチの小娘といい、どうして私はよくガキに邪魔されるんでしょうねっ!」
さっきの笑みと反し、苛立った表情の男。
今度は左のビー玉を放り投げる。 少女がいる前と。
少女は眼をつぶる―――
ドオォォォン!!
炸裂するビー玉の炎の音が鳴る。
シナモンはゆっくりと眼を開けた――。
「おじ、さん……?」
「よぉぅ、大丈夫か…?」
伯父がシナモンを覆うようにして、そこにいた。
その背中は黒く――。
「ど、どうしてあたしを…?」
シナモンが眼を丸くし、震えた声で問う。
それにいつも無愛想な伯父が、笑みを見せた。
「最後に残った家族、失うわけにはいかないからな……」
返ってきたのは、予想もしない答え。
シナモンは思わず、えっ…と声をあげる。
「俺があのとき止めなかったから、お前の兄はいなくなっちまったんだ。 もう何もしないで家族を失いたくねぇんだよ……」
そのとき、シナモンの頬に何かが流れるのを感じた。
それは冷たいけれど、どこか温かくて。
凍り付いた身体を溶かすようだ。
伯父をよく見ると、その瞳に涙を浮かべていた。
「なぁ、シナモン…」
伯父が言う。
「お前の兄はアイツの空を飛べなかったのだろう?」
シナモンは頷く。
「だったら、お前はお前の空を飛ぶんだ。 俺のように後悔しないようにな…」
伯父はズボンのポケットから何かを取り出し、シナモンの右手にしっかりと握らした。
「北の廃墟に行け。 そこに俺の兄の…、お前の親父の本当の飛行機がある」
「でも、おじさんは…!?」
シナモンが伯父の身を心配して問う。
伯父は、ニカッ! と子供のような笑顔を見せる。
「大丈夫、心配するな! ここは俺に任せろ!」
そう言って、むくっと立ち上がり、獣のような雄叫びを上げながらギャングの男に立ち向かって行った。
「行けぇ、シナモン!!!」
伯父の叫び声と共に、少女は勢いよく立ち上がり、崩れた壁から外へと走り出す。
このとき、彼女の胸の中にはもう、完全に冷たいものはなくなっていた。
――ねぇ、アニキ。 あたし、あたしの空を見つけたよ。
********
9)
太陽が水平線に沈もうとしている。
辺りは薄暗くなり、小さな星たちが夜空を飾ろうとしていた。
そんな中、少女は息を切らしながらも、風のように走る。
本当のところ、彼女の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
兄の真実、
スターエンジン、
ギャング、
伯父の本当の気持ち――。
ほんの少しの時間で、とてつもなく壮大な出来事が起こっている。
夢かと思うほどに、だ。
それでも彼女は無我夢中で走る。
一つだけ。
一つだけ、今まで厚い雲で覆われていたものが、今ならすっきりと晴れているから。
中央区に差し掛かった辺り。
向こうでアニィが手を振っているのに気づく。
汗だくで、険しい山道を登った後のような表情だ。
「ど、どうしたんです、シナモン? さっき、シナモンの家から爆発のような音が…」
アニィは走ってきたようで、息を切らしながら言う。
シナモンはそのままの勢いで。
「アニィ、ついてきて! 話は行きながら話すから!」
パッ! とシナモンがアニィの手を取り、再び風となった。
「ええ、ちょ、待ってくださいですぅぅぅ!!」
廃墟の最上階に着いた。
辺りはもう暗闇に包まれ、月の光が少女たちを青く照らす。
「も、もう…、強引ですよ…。 ところでその飛行機の隠し場所に心当たりはあるんです?」
アニィが月の光で余計に青く見える顔で言った。
シナモンはしっかりと頷くと、螺旋階段の近くの壁に左手を触れた。
彼女は思い出す。
兄のいなくなった前々日。
三人で図書館に向かう前。
その一部が不自然に窪んでいることを。
「あった……」
手探りでそれを見つけると、伯父が握らした右手をゆっくりと開く――― 一つの鍵があった。
それを、窪みに押し込む。
カチッ。
軽い音が鳴る。
そして壁は自ら上へ――。
「この廃墟がまさかガレージであり、滑走路ですとは……」
アニィが驚きの声をあげた越えた先。
一台のプロペラ飛行機がどこか堂々した風格で立っていた。
飛行機に近づく。
月で輝くその白いボディーは、古さというのを感じさせない。
「これがお父さんの……」
シナモンがそう呟いた時だった。
コツコツ…という音が螺旋階段の下から廃墟に響いて聞こえてくる。
自宅のガレージで聞いた、あのブーツの音。
一瞬、伯父の身が気になったが、シナモンは飛行機に飛び乗った。
それを見てアニィが慌てて言う。
「ほ、本当に行くんですか!? もしかしたら、アイツみたいに……」
アニィの表情は雲で陰ったような。 あの日の前日と同じ表情。
「大丈夫だよ」
シナモンは微笑む。
「あたしは、あたしの空を飛ぶ。 安心して、すぐに戻るから」
アニィは戸惑う。
もしあの日のようになれば…、そう思うと怖くて堪らなかった。
しかし、シナモンの瞳は一等星のように強く輝いている。
いつもの大人しい彼女の優しさに加え、懐かしい風のような強い意思を感じた。
見ていると自然に笑みがこぼれるような。
「そうですか…、そうですね」
アニィはそう言うと、プロペラ機の近くに机があることに気づき、その上に置いてあった物をシナモンに投げ渡す。
それは片耳に付けるマイクとスピーカー一体型の通信機だった。
「シナモンが飛んでいる間、わたしは地上からサポートするです!」
シナモンは笑う。 太陽のような笑顔で。
「アニィ…! うん、ありがとう!」
螺旋階段からの足音はどんどん近くなる。
それでもシナモンは慌てず、右耳に通信機を付け、首にかけたゴーグルを眼に当てた。
操縦は兄の話を聞いていたので、大体はわかる。
――アニキ……。
胸の奥に高鳴る熱いものを感じた。
――アニィ、おじさん……。
腕を伸ばし、エンジンを回す。
ブロンッ! という音と共に深く呼吸をし、操縦桿を握る――。
――行くよ!!
それに気づいた足音が速くなる。
プロペラが回り、飛行機は加速する。
(お願い、間に合うです…!)
アニィが祈る。
そして――
ブォォォオン!!
飛行機は離陸し、夜の空へと飛び出した。
「やった…! やったです!」
「し、しまった……!!」
シナモンは通信機でアニィとギャングの叫びを確認する。
――ねぇ、アニキ。 アニキがあの日飛んだとき、こんな景色は見れなかったんじゃないかな。
向こうはまだ少しだけ明るい水平線。
顔を通り抜ける爽やかな風。
下は空からの光で波がきらきらと優しく輝く海。
そして上は――。
――ねぇ、アニキ。 今ならわかるよ。 あの日、何が言いたかったを、さ。
空って、夢のことでしょ?
あたしは、あたしの夢を追いかけろ、って言いたかったんだよね。
――ねぇ、アニキ。 あたし、今から飛ぶよ。 あたしの空を。
シナモンはぐっ、と操縦桿を後ろに引いた。
――あの空の向こう、ずっと上にある、あの世界を目指して。
飛行機はどんどん高度をあげる。
ほぼ垂直に、上へと飛ぶ。
「ちょっと、シナモン! 何をする気ですか!?」
右耳からアニィの焦った声が聞こえる。
それにシナモンは、ふっ…と微笑んで、穏やかな声で答えた。
「大丈夫。 ちょっと、宇宙にいってくる――」
つい最近まで、夢なんてなかった。
興味もなかったし、探そうとも思わない。
エアルヴァンにいれば、普通には生活できる。
だから兄の熱く語るのも、いまいちよくわからなかった。
なくても生きていけるからだ。
見つけたとしてもずっと先。 ずっと遠くにあると思っていた。
でも、違った。
本当はずっと近くにあったのだ。
それを少女は気づいた。
友や家族や、兄が、
それを教えてくれたから――。
飛行機は大気圏に突入。
辺りは漆黒に包まれていき、空気は薄まり、少女の意識はもうろうとしていた。
それでも操縦桿は引いたまま、上へ上へ。
そして、白い雲を突き抜ける――
――そこに広がっていたのは、本で読んだあの景色。
無数の光が少女を包む。
――あぁ、ここが、あたしの空……。
少女は振り向く。
青い空色の星。
――あぁ、これが、あたしたちの星。 あたしの世界。 あたしの……。
空を目指した一人の少女は、深い眠りに落ちていった。
********
10)
飛行機はバラバラに砕け散り、あのエンジンはオーバーヒートと海水の侵入で壊れてしまった。
それを追っていた男は、何とか逃げ出した伯父が警察に通報したことにより、その後取り押さえられたようだ。
そして自分の空を目指した少女は――
「まったく、無茶するです。 無傷なのが奇跡ですよ」
「あははは…、ゴメンってば…」
次の日、青い空の下、いつものようにあの廃墟にいた。
前日の行動に腹を立てた幼なじみを、適当に笑ってごまかす。
そのとき、ブォゥ! と突風が海の向こうから吹いた。
あまりの強さに、思わず身体を横に反らす。
「……ん?」
風が止むと、少女は頭上に白い何かが宙を舞っているのに気づいた。
少し跳びはね、右手を伸ばす―――掴んだ。
「なんです、それ?」
「わからない」
それは封筒に包まれた手紙だった。
少女が宛先と送り主を確認する。
「あ……」
温かく優しい風が、彼女の頬を撫でた。
少女は、ふっ…と微笑み、前を向く。
青い青い、あの空の向こう、
白い一筋の飛行機雲が浮かんでいた―――。
********
夢は、未来へ飛ぶ力だ。
今はわからないかもしれない。
見つけてないかもしれない。
絶望で見えなくなるときもある。
だけど、きっとわかるときが、
見えるときが、来るはず。
それはもしかしたら、
だれかとの『絆』が気づかせてくれるかもしれない。
―――あなたの未来が、輝くあの空の向こうのようでありますように。
********
『あとがき的な何か』
どうも、火月夜つむりです。
いつも読んでくれている方々はおはこんばんちは。
お初の方は、はじめまして……、と言っても文芸部として書くのはこれで最後なんですが(苦笑
ウェブでの読んでくださってる皆様はこれからもよろしくお願いしますねぇ(グヘヘ(え
今回は前回の反省を活かし、無駄な話が一切ありません。
おかげでページ数が前回よりもはるかに少ないという…。(ウェブでは文字数参照。
おかげで楽だっ(ry
今回のテーマは『夢』と『絆』です。 嗚呼、実に中二臭い。(
舞台を皿の上…じゃなくて、空の上の街にし、所々の描写に天候を使ったものを多々使用してみました。
逆にその他の描写が単調だったな…、と。
最後の最後まで、〆切ギリギリで書いていました、スイマセン(オイ
相変わらずわかりにくいし、誤字脱字多いし…。
途中で主人公が交代する…という挑戦もしてみましたが、なんだかうまくいってないような…。
作中には、自分が文芸部として書いた作品の内容が少し出ています。
その辺りは前々から読んでくださっている方々は楽しんで頂けたと思います。
読んでない方、知らない方は、それはそれで全然ぶっ飛ばしてくれてかまいませんので(笑
(ギャングの設定は学校では前半のみ、そもそもウェブでは公開していないという…)
あと少しだけ、某アニメの影響を受けていたりする。 キャラの名前とか。
今回は震災のことを配慮して…、と学校のほうから言われまして。
しかも言われたのが、このシナリオのプロットが出来上がってからだったので、急遽内容を大幅改変等々のトラブルもありましたが、なんとか書ききれました…。
それでも、ギリギリの内容だったかなぁ…。 うーん…。
震災した方々が1日でも早い復興願い、自分も出来ることをしていこうと思います。
とりあえず節電です。 節電。 夜更かし止めなければ…。
今回もこの作品を書くにおいて、協力してくださった方々、
そして手にとって下さった読者様に感謝。
部活としてこうやって作品を残すのは最後ですが、ウェブを含め、他の場でこれからも書いていこうと思っています。
もし見かけたときは、また手にとってくれるととても嬉しいです。
ありがとうございました。
これで自分の出番は閉じさせてもらうとして。 2011年8月18日 火月夜つむり
最後まで、某ラノベの影響バリバリだったなぁ…。
帰宅部の事情・本編…『後編』
2011/04/17 22:49:06
帰宅部の事情の後編です。
7)
帰宅部は全力で駆ける。
まだ夏の暑さが残るコンクリートの道を。
後ろで釘バットが待っているわけでもない。
ゴミを袋いっぱいにするわけでもない。
四人は走る。
ただ、自分たちの部活を守るために――
――そして、勝負の日の前日。
「はぁはぁ…。 ダメ…、こんなんじゃ、陸上部には勝てないよ…」
夕日が差し込む、芽高高校の表門の前。
ラムネ先輩、そして一年生三人が地べたに座り込む。
運動部員が1、2! の掛け声で目の前で通り過ぎるたび、もっと頑張らないと、という焦りと、もうダメじゃないか、という諦めが汗となって頬を伝う。
「ラムネ先輩、休憩しましょう…。 さっきから、走りっぱなしですから…」
「そ、そうね…。 そうしようか…」
ここあちゃんの提案で四人は門に背を預け、一時の休息を取ることにした。
「運動なんて普段しないから、急にすると、脚にくる…」
「俺様も胸が張り裂けそうやわ…。 こんなんで、明日行けるんか…?」
ここあちゃんとシロが、それぞれ痛む場所を押さえて明日の勝負に不安を覚える。
相手は陸上部。 普段から走り慣れているのは、わかりきったこと。
体育の時間でしか運動しない者たちが、急に勝てる相手ではない。
「みんな、ゴメン…。 私のせいで…」
ラムネ先輩は、眼に涙を浮かべて言う。
それにシロが、
ここあちゃんが、
ガムも、首を振る。
「先輩、らしくないで!」
「そうです。 楽しんだもの勝ち…ですよね」
「先輩、聞かせてください。 帰宅部の……萬部の話を」
三人の言葉を聞くと、ラムネ先輩は眼を擦り、えへへ! と、いつものように明るい笑顔を見せた。
そして、ゆっくりと空に流れる雲を見上げて、彼女は話し出した。
「二年前、ね。 この芽高高校に入学した時、私も部活には興味なかったの。 中学の時もしてなかったの」
「えっ!?」
意外な言葉に、一年生三人は眼を丸くした。
それを見て、ふふっ! と、ラムネ先輩がまた笑顔を見せる。
「驚いた? 私も驚いたよ。 初めは無理矢理捕らえられて、勝手に入部届け出されて。 入る気もなかった部活が、今では部長までしているんだよ?」
ガムとシロが、ははは…、と苦笑い。
この人、自分の経験をそのまま後輩にしたのか、と。
「部長が凄く変な人でさ。 いっつも馬鹿みたいなことで笑ってた。 『楽しんだもの勝ち!』っていつも言ってさ。 私もいつの間にか部長のペースで…」
何かを思い出したのか、ラムネ先輩はどこか楽しそうで、どこか寂しそうな表情で――。
「私が三年になって、部長になって。 あの時の部長みたいな人になりたかった。 先輩たちと楽しい日々を過ごした、この居場所を守りたいって思った。 でも、実際は空回りしてばっかりでさ…」
少し間が空く。
秋を感じ始める、冷たい風が通り抜ける。
そして――
「なれてますよ。 その人みたいな部長に」
「ガム君…」
「守りましょうよ、この居場所を。 今がその時です」
ガムが言った。 その眼差しは力強く。
ラムネ先輩はまた眼を擦る。
「嬉しいな…、そんなこと言ってくれて…。 頼もしすぎるよ…」
先輩の眼から、涙が溢れた。 その涙は、とても温かいものだ。
それに慌てて、シロとここあちゃんも。
「おっと! ガムなんかよりも、俺様のほうが百万倍、頼もしいに決まってるわ!」
「ガムの癖に生意気かも。 わたしのほうが、男なんかよりもずっと役に立つよ」
「おい、お前ら、怒るぞ…」
三人がギャーギャー! と騒ぎ始める。
それを見た先輩の、あはははは! という大きな笑い声が、辺りに響き渡る。
そして、立ち上がって――
「みんな、明日、絶対勝とうね!」
三人がしっかりと頷いた。
彼らの背中を押すように、強い、強い風が吹き通る――。
「あ、それでなんだけど」
ここあちゃんが、ふと口にした。
********
8)
勝負当日。
天候は曇り空。
張り詰めた空気が、重い風に乗る。
「来ましたか…」
表門で待ち構えていた教頭先生が睨む、その先には――
「えぇ。 私たちは、逃げたりはしません」
とてもまっすぐな眼差しをした四人が、ゆっくりとこちらに向かっていた。
「いい覚悟です。 本校の生徒として誇らしい態度だ。 しかし、約束は守ってもらいますよ?」
教頭先生は眉間にしわを寄せてそう言うと、ルールの説明を始める。
今回、勝負の場となるのは、帰宅部らしく、芽高高校から加茂芽駅までの通学路だ。
全てコンクリートで舗装された道で、田畑を貫いたり、住宅街に入ったりと、結構入り組んだものとなっている。
芽高高校の近くには、もう一つ大きな芽高駅もあり、生徒のほとんどはそちらを利用するのだが、今回はあえてなのか。
リレー形式で、指定されたところでバトンを回す。
「いい? 昨日の打ち合わせ通りでいくよ?」
ここあちゃんが、こっそりと言う。
「帰宅部ならではの作戦…やな」
「上手くいけば、出し抜けるかもしれないんだな」
シロとガムも、作戦とやらを頭の中で再確認。
「よし、行くよ、みんな!」
そしてラムネ先輩の掛け声で、それぞれのスタートラインに向かう。
皆同じ、守りたい、という気持ちで―――
―――「準備は整ったみたいですね」
各場所から準備ができたことをを携帯電話で確認した教頭先生は、それをポケットにしまい、右手にスタート用のピストルを暗い空へと構える。
帰宅部の先発は、シロ。
彼の表情はいつものちゃらい雰囲気ではない。
「よーし、絶対にいいスタートをして繋げたるっ!」
シロは腕を二、三回回し、ふっー! と強く一息吐く。
そして、ゆっくりと姿勢を落とし、戦闘態勢に入る。
「いいですか? よーい……」
パンッ!!
ピストルの音が天高く轟き、同時に第一走者は強く、前へと駆け出す。
こうして、帰宅部の存続を賭けた闘いの火蓋が、切って落とされたのだった――。
********
9)
スタート開始直後は、青々とした木々が横に並ぶ直線の道だ。
小細工はない。 ただ全力で前へ脚を動かすだけ。
「あそこまでは気張れよ、俺様!!」
シロは歯を食いしばり、必死で陸上部第一走者の後ろにかじりつく。
離されてそうになっても、そのたびに引きちぎれそうな脚を力の限り振るう。
「よし、負けてないで、俺様! もう見えてるで、あそこに!」
シロの見つめる先は、開けた十字路と信号。
右に曲がれば、芽高駅。
向こう側には、第二走者のここあちゃんが手を大きく振っている。
しかし、その道を遮るかのように信号は赤だ。
陸上部第一走者は、ゆっくり減速する。
だが、シロはその脚を止めない。
「かかったぁぁぁ!!」
シロがニヤリと下品な笑い顔で叫んだ瞬間、信号はパッ! と、青に変わったのだ。
とっさに反応出来なかった陸上部第一走者を出し抜き、シロが向こう側へと渡る。
帰宅部ならではの作戦、その一。
信号の変わるタイミングを熟知せよ!
「ここあちゃん、任せたで!」
パンッ! と、音を立ててバトンが繋がる。
ここあちゃんが、走り出す。
「わたしだって、やるときはやる!」
普段、運動とは無縁の関係であるここあちゃん。
その走りもどこかぎこちないが、それでも精一杯腕を振り、脚を動かす。
ここあちゃんが走る道は左右に田畑が広がり、住宅街へと続く。
「苦しい…。 でも、もう少し!」
身体が慣れないことに対し、悲鳴を上げる。
シロが作戦の成功により、引き離した距離もみるみると縮んでいく。
陸上部第二走者が、嵐のようにここあちゃんに迫る。
「追いつかれる…!」
脚が石のように重い。 もう限界は通り越しているかもしれない。
それでももがくここあちゃんだが、無情にも嵐はついに彼女の横を通り過ぎてゆく。
ブォゥ…、と小さな風の渦を残して――。
しかし、ここあちゃんはまだ諦めていない。
むしろ、その表情には余裕の笑みが。
「まだ、『とっておき』がある!」
住宅地内に差し掛かり、陸上部第二走者はさらに帰宅部との距離を広げる。
だが突然、ハッ! として、急停止した。
その先には『工事中』の看板。
本来走るべき道が、塞がれていたのだ。
陸上部第二走者はこの辺りの地形には詳しくないのか、オロオロと戸惑いながら回り道を模索する。
それを横見に帰宅部のここあちゃんは、家と家の間の小さな通路に入った。
帰宅部ならではの作戦、その二。
通学路近辺を知りつくせ!
慌てて陸上部第二走者も彼女の後を追うが、ここあちゃんの選んだ道は、かなり横幅が狭く、追い抜くことはできない。
それに高校生の体格には、通り抜けるのは少し無理があるのだ。
しかし、ここあちゃんは小学生と見間違うほどの小柄。
スイスイと狭い道をくぐり抜け、陸上部を引き離し返す。
「作戦的にはいいけど、コレって自分が小さいことを認めてるよね…」
ここあちゃんが自己嫌悪に陥っているのもつかの間、住宅地を抜けると広い場所に出る。
少しした先には、ラムネ先輩がエールを送っていた。
「ファイト! ここあちゃん!」
ここあちゃんは最後の力を振り絞り、駆け抜ける。
「ラムネ先輩、任せました!」
パンッ! また一つ、思いを乗せたバトンが繋がった。
「ラムネって言うな!」
そう笑顔で言い残すと、先輩は背中を向けて走り出す。
ラムネ先輩が少し走ると、大きな道が横切る場所に着く。
車通りが多く、簡単には渡れない。
信号と横断歩道があるが、まだまだ変わる様子もなかった。
後ろからは、もう陸上部第三走者が見えている。
「さすがは陸上部…、上手く巻いてもすぐに追い付いてくるね! でもっ!」
そう言うと、ラムネ先輩は目の前の横断歩道を無視し、バッ! と、右の歩道へ走り出した。
ふいを付かれた陸上部は、思わず立ち止まる。
先輩が見つめる先には、向こうへ渡る歩道橋があった。
帰宅部ならではの作戦、その三。
大きな道路は、安全に渡れ!
しかし歩道橋は、なかなかの階段数で普通ならば信号を待ったほうが早い。
だが、その点も彼女は抜かりなかった。
「私は、脚が長いのだから!」
ラムネ先輩は自身のアイドル体型を生かし、階段を二、三段ほど飛ばし、みるみる高い歩道橋を駆け上がる。
少し女の子としてははしたないかもしれないが、勝つために手段は選んでられない。
ラムネ先輩の行動を嘗めてかかっていた陸上部第三走者は、信号が青になると、慌てて彼女の背中を追う。
階段を一気に下り、少しばかりか差は開いた。
もう目の前にアンカーのガムが見えている。
しかし、ここに来てラムネ先輩のスピードが落ちてきた。
「うっ…、ヤバイ…、無理しすぎたかも…」
さっき本来走るべきでない歩道橋を一気に駆け上がり、その分のダメージが脚にきたのだ。
一本踏み出すたびに電気が走るような痛みがラムネ先輩を襲う。
「あと少し…、あと少しなの…」
もうすぐそこまで陸上部が迫っていた。
心がくじけそうになる。
胸の苦しさと、脚の痛みと、焦る心で、涙が出そうなる。
――ゴメン、先輩…。 ゴメン、みんな…。
そう思った時だった。
「ラムネ先輩、諦めんなっ! ラストぉぉぉッ!!」
先で待つガムの、スタート地点まで響きそうな―、天を突き抜けそうな―、そんな大きな叫びがラムネ先輩の胸を貫く。
ドクンッ! と、胸の鼓動が大きく鳴った。
胸も苦しい。 脚も痛い。
だけど、どこからか力が湧いてくる。
――そうだ、諦めるわけにはいかないんだ!
ラムネ先輩が最後の力を振り絞る。
「ガム君、行くよっ!」
「はいっ!」
バトンを受け渡そうとした。
その時――、
カツンッ…。
「あっ………」
ラムネ先輩の身体が、前へと地面に沈む――。
********
10)
「ラムネ先輩ッ!!!」
まさかのアクシデントだった。
第三走者からアンカーへバトンを渡す瞬間、不幸にもラムネ先輩が足をくじき、倒れてしまったのだ。
「大丈夫ですか、先輩!?」
アンカーのガムが慌ててラムネ先輩に駆け寄る。
「えぇ…、それよりも、早くこれを…」
ラムネ先輩は痛む足を押さえながらも、ガムにバトンを渡す。
「でも、先輩、早く保健室に…」
「馬鹿っ! 何のためにここまで頑張ってきたのよ!」
沈んだ声で心配するガムだが、そんなガムに先輩はいつもにない表情で怒鳴る。
「これはみんなが必死に繋いだ…、思いが詰まったバトン! こんなところで無駄にしないで! 諦めるな、と言ったのは、ガム君だよ!?」
「先輩……!」
「いい? 絶対に勝って! また、みんなで笑えるように!」
先輩は少し涙でそう言うと、ガムの手にしっかりとバトンを握らした。
みんなの思いが詰まったバトンを――。
「わかりました…、オレ、やります! そして必ず、帰宅部を守る!」
ガムは立ち上がり、強い眼差しをゴールの加茂芽駅へ。
こうしているうちにも、陸上部アンカーは帰宅部を追い越し、もの凄い速さで差を開いていっている。
「ガム君、楽しんだもの勝ち…だよ?」
先輩の声に押されるように、ガムは走り出す。
最後の加茂芽駅への道は、小細工無しの直線。
ガムは胸の奥が熱く感じた。
ちょっと前までの黒い渦はもう、ない。
むしろ、青空のようにスッキリと晴れていた。
ガムは走る。 今までにない速さで。
ランニングマシーン事件の時よりも、
先輩に追い掛けられた時よりも、
ずっとずっと速く。 風のように。
陸上部を相手に、ガムはどんどん距離を縮めていく。
そして、ついに横に並んだ。
――ヤバイ、オレ、何してるんだろう…。 凄く苦しいのに。
胸の酸素が少なくなり、張り裂けそうだ。
脚は固くなり、引きちぎれそうだ。
――こんなのアホ臭いと思ってたはずじゃなかったのか?
入学式の日、廊下に貼られたポスターを鼻で笑ったことを思い出した。
あの時の自分が、今の姿を見たらどう思うだろうか。
きっと白い眼で見るだろう。
――じゃあ、なぜランニングマシーンの時に一瞬でも廃部を恐れたんだ。 なぜ清掃活動の時に深く悩んだ。 なぜ教頭先生に反抗した。 なぜ先輩に部を守ろうと言った。
今までこんなに何かを必死に頑張ったということがあっただろうか。
入試も自分の実力で行ける、それなりのところを選んだ。
中学でも、小学校でも、運動会の徒競走では、五人中三位。
通知表も、いつも三、四が付いていた。
ゲームもクリアしたら、特別やり込みもしない。
本もどっぷりハマって、何回も読むことはない。
いつもそれなり。
いつも真ん中。
いつも普通。
いつも中途半端。
――いや、小さい頃は、面白いと思ったことには、一生懸命だったかもしれない。
夢中になって日か沈むまで、ボールを蹴り続けた。
カッコイイヒーローに憧れ、テレビにかじりついた。
周りに負けたくなくて、必死で走る練習をした。
ガムの胸が熱い。
そうこれは、ずっと忘れていた気持ちかもしれない。
――凄く苦しい。 凄く辛い。 でも……、凄く楽しい!!
努力すること。
何を頑張ること。
それは凄く面倒臭いことだけど、凄く楽しいこと。
そんな当たり前のことを、ガムはずっと忘れていた。
その思いがずっと表に出なかったら、深く苦しんでいたのだ。
――今ならわかる。 先輩が笑っていた理由。 何をするのも全力でやれば、凄く楽しいんだって。
気づくと、ガムは笑っていた。
――みんなの、先輩の、帰宅部のおかげだ。 オレは…、あの居場所を守るっ!!
「楽しんだもの勝ち…だよなっ!!」
もう目の前には、二人の教師が持ったゴールテープが迫っていた。
ガムは駆ける。
正真正銘の最後の力で。
「うおぉぉぉあぁぁぁぁ!!!」
そして、ゴールテープは地面へ、ゆっくりと落ちた―――。
********
11)
「ゴメン、みんな…。 負けたよ…」
曇り空に加え、日も沈み、辺りはもう暗くなっていた。
弱い街灯が、校門で再び集まった四人を照らす。
「ガムは悪くないわ」
と、シロ。
「うん、頑張った」
と、ここあちゃん。
「最後、かっこよかったよ、ガム君。 ありがとう…」
と、ラムネ先輩。
そこに教頭先生がゆっくりと近づく。
「約束通りです。 帰宅部は、廃部にします」
秋の風が、四人の心に通り抜ける。
と、その時。
「その必要はありませんよ、教頭先生」
校舎の方から声がし、ゆっくりと足音が近づく。
「この声は…」
四人はどこかで聞き覚えのある声だと思った。
街灯が声の持ち主を照らし、顔を現す。
それは、白髪混じりの五十代後半くらいの男性。
「校長先生…?」
教頭先生が不思議そうに、その人物の正体を言う。
「教頭先生、帰宅部は…いえ、萬部は廃部にする必要はありませんよ」
校長先生が落ち着いた口調でそういうと、教頭先生は当然のことのように、すらすらと質問を述べる。
「どういうことです? 功績もなにもない。 これといった活動もしていない。 どこにこの部の存在価値があるのです?」
それに校長先生は、ははは! と役職には合わない、大きな笑い声を上げた。
「功績? あるじゃないですか。 たった今、陸上部と張り合ったそうじゃないですか。 他にもボランティア活動を全力で取り組んでいる。 学校にとっても、とても誇らしい部ではありませんか?」
それに…、とさらに校長先生は続けて。
「教頭先生、あなたも元・萬部員ですよね?」
えっ!? と、校長先生の口から出た衝撃の言葉に、帰宅部員は思わず声を上げる。
それに教頭先生は眉間にしわを寄せ、ゆっくり事実を口にする。
「えぇ…、私も二十年ほど前の芽高高校の萬部でしたよ。 でも、何もしない、つまらない部でした。 なのにいつもへらへらと笑って…」
教頭先生は何かを思い出したのか、イライラとした歪んだ表情を見せた。
「何もしない…ですか。 それは、違うのでは?」
校長先生が口に手を当て、考えるように意見を述べる。
「それは教頭先生が何もしなかったのでは? この子たちを見て思います。 どんな些細なことでも全力で取り組めば、笑顔になれる、と」
「それは………」
教頭先生が言葉を失う。
校長先生は、ふぅ…、と一息つき、微笑んで教頭先生に言う。
「この件は私が処理しておきます。 教頭先生は、ゆっくりしてください」
それを聞くと、教頭先生は、はい…、と小さく返事をし、俯いて校舎へ戻っていく。
意外な展開、意外な人物により、帰宅部の危機は一瞬で去ってしまった。
「あの…、どうして庇うような真似を? 教頭先生の言うことは、一律あるのに…」
ラムネ先輩がそれに戸惑い、申し訳なさそうに問う。
それを聞いて、校長先生はまた笑った。
「私も同じことをしましたから。 演劇部を存続させるために、何度も名前を変えて存続させたものです。 私が卒業した後、大会を優勝して今の部があるようですが」
またもや意外な校長先生の発言に、唖然とする帰宅部。
昔の校長先生は、かなりやんちゃだったのか、と。
「今のこの時間を楽しみなさい! あなたたちの部は、これからもっといいものになるはずです! 演劇部のように、ね?」
こうして、帰宅部の波乱の闘いは、終息と迎えた――。
********
12)
次の日の放課後。
いつものように集まる四人。
しかし、またもや穏やかな状況ではないようで――。
「私、帰宅部を引退します」
ラムネ先輩の爆弾発言が全ての元凶だ。
「えっ!? ちょ、先輩、専門学校希望だから卒業するまで、ここにいるつもりだったのでは…?」
ガムが眼を左右にキョロキョロさせ、一学期の清掃活動の時のラムネ先輩の発言を思い出して言う。
それに対して、ラムネ先輩は言いづらそうな態度で。
「あー…、うん。 そうだったんだけど、さ。 夏休み辺りから、大学に変えようかな…なんて思って、勉強頑張っちゃったり…。 てへっ♪」
「てへっ♪ じゃないですよ! オレたち、先輩に贈る物、何にもないですよ!」
ガムは少しご機嫌ななめな顔で、先輩に言い返す。
それに続いて、シロとここあちゃんも、そうだ! そうだ! と騒ぎ立てる。
それもそうだ。 突然の別れの話。 寂しいわけがないのだから。
しかし、先輩は首を横に振った。 何もいらない、と。
「だって…昨日も…、いや練習も、毎日の活動も全部! みんな、頑張ってくれた! いつも私に勇気をくれたじゃない!」
先輩はまた涙を流していた。 顔を真っ赤にして、せっかくの美人顔が台なしだ。
「だから、もう何もいらない…。 貰いすぎになっちゃうから…。 ありがとう、みんな! 楽しかったよ!」
先輩が無理矢理な笑顔でそう言った。
すると――
「あー、そうすか。 んじゃ、何にも用意しやんでええな」
「新しい本を買うお金、キープしたいし」
「そそ、面倒なことはしないに限る」
と、シロ、ここあちゃん、ガムのまさかの白状な台詞。
それにラムネ先輩は眼を丸くし、慌てて、前回撤回! を繰り返す。
帰宅部室に笑い声が溢れた――。
夕日が差し込む帰り道。
空気はすっかり秋の匂い。
優しい風が、すすきを揺らす。
珍しくガムはラムネ先輩と二人、昨日戦場となった加茂芽駅へ続く道を、自転車を押して歩く。
自転車のカタカタという音が、広い田畑に響く。
「ねぇ、先輩」
「なぁに、ガム君?」
ガムが声を掛け、ラムネ先輩が問い返す。
「先輩、オレ、好きです」
ブフーッ!! 不意打ちであまりにもぶっ飛んだガムの台詞に、思わずラムネ先輩は吹き出した。
「え、え、ちょっと…、ガム君?!!」
ラムネ先輩は顔を真っ赤にし、両手を左右にバタバタと振る。
そんなラムネ先輩の態度もお構いなしに、ガムは真顔で言葉を続ける。
「オレ、好きです。 この部活が。 部員のみんなが。 先輩のことも。 だから、次の部長、オレがやります。 絶対、この部を守ってみせます!」
そう言い切って、ガムはグッ! と、ガッツポーズ。
あぁ…部活としての話…、とラムネ先輩は慌てた自分が恥ずかしくなり、早まった鼓動を沈める。
だが、ガムのその言葉はラムネ先輩にとって最高に嬉しい言葉には違いなかった。
「うん、いいよ! ガム君なら、きっといい部長になれるよ!」
ラムネ先輩はそう言って、太陽のようなとびっきりの笑顔を見せた――。
********
13)
ラムネ先輩が引退し、ガムが帰宅部の部長となり、そして早くも三月。
時に獣のように慌ただしい先輩も、やっぱり最後はぐちゃぐちゃに崩れた笑顔で卒業していった。
なんだかんだで涙もろい先輩だった、とガムは振り返る。
そして四月。
新たな学年を迎え、いよいよ入学式の日。
ガムは廊下の窓に勧誘のポスターを急いで貼っていると、高校生活最初のホームルームを終えた新入生がぞろぞろと歩いてきた。
いそいそと部活見学へと向かう人々がほとんどだが、その中にゆっくりと歩く二人の女子が。
「ねぇ、部活決めた?」
「部活? 決まってるじゃん! 私は帰宅部よ!」
ガムはその会話を聞いていると、去年のことを思い出す。
そして、ふっ…、と微笑むと、その二人の下に駆けていった―――。
********
どうして君は、走りつづけるのだろう?
どうして君は、そんなに頑張るのだろう?
向かい風が吹いて、強い雨が降り注ぎ、
それでも君は、笑っていたよね。
「世の中、楽しんだもの勝ち」
だって、それが君の口癖だった。
そんなに楽しいのかい。
頑張ることっては。
僕も一歩、踏み出した。
とても苦しくて、
辛くて、
逃げ出したくもなった。
それでも目指したその先には、きっと――
――笑顔の涙。
とある世界のとある場所。 そう、これは無限にも存在する世界の中のその一つの物語。
桜吹雪が舞う空の下、
彼女は一つの歌を歌い終えた。
帰宅部は全力で駆ける。
まだ夏の暑さが残るコンクリートの道を。
後ろで釘バットが待っているわけでもない。
ゴミを袋いっぱいにするわけでもない。
四人は走る。
ただ、自分たちの部活を守るために――
――そして、勝負の日の前日。
「はぁはぁ…。 ダメ…、こんなんじゃ、陸上部には勝てないよ…」
夕日が差し込む、芽高高校の表門の前。
ラムネ先輩、そして一年生三人が地べたに座り込む。
運動部員が1、2! の掛け声で目の前で通り過ぎるたび、もっと頑張らないと、という焦りと、もうダメじゃないか、という諦めが汗となって頬を伝う。
「ラムネ先輩、休憩しましょう…。 さっきから、走りっぱなしですから…」
「そ、そうね…。 そうしようか…」
ここあちゃんの提案で四人は門に背を預け、一時の休息を取ることにした。
「運動なんて普段しないから、急にすると、脚にくる…」
「俺様も胸が張り裂けそうやわ…。 こんなんで、明日行けるんか…?」
ここあちゃんとシロが、それぞれ痛む場所を押さえて明日の勝負に不安を覚える。
相手は陸上部。 普段から走り慣れているのは、わかりきったこと。
体育の時間でしか運動しない者たちが、急に勝てる相手ではない。
「みんな、ゴメン…。 私のせいで…」
ラムネ先輩は、眼に涙を浮かべて言う。
それにシロが、
ここあちゃんが、
ガムも、首を振る。
「先輩、らしくないで!」
「そうです。 楽しんだもの勝ち…ですよね」
「先輩、聞かせてください。 帰宅部の……萬部の話を」
三人の言葉を聞くと、ラムネ先輩は眼を擦り、えへへ! と、いつものように明るい笑顔を見せた。
そして、ゆっくりと空に流れる雲を見上げて、彼女は話し出した。
「二年前、ね。 この芽高高校に入学した時、私も部活には興味なかったの。 中学の時もしてなかったの」
「えっ!?」
意外な言葉に、一年生三人は眼を丸くした。
それを見て、ふふっ! と、ラムネ先輩がまた笑顔を見せる。
「驚いた? 私も驚いたよ。 初めは無理矢理捕らえられて、勝手に入部届け出されて。 入る気もなかった部活が、今では部長までしているんだよ?」
ガムとシロが、ははは…、と苦笑い。
この人、自分の経験をそのまま後輩にしたのか、と。
「部長が凄く変な人でさ。 いっつも馬鹿みたいなことで笑ってた。 『楽しんだもの勝ち!』っていつも言ってさ。 私もいつの間にか部長のペースで…」
何かを思い出したのか、ラムネ先輩はどこか楽しそうで、どこか寂しそうな表情で――。
「私が三年になって、部長になって。 あの時の部長みたいな人になりたかった。 先輩たちと楽しい日々を過ごした、この居場所を守りたいって思った。 でも、実際は空回りしてばっかりでさ…」
少し間が空く。
秋を感じ始める、冷たい風が通り抜ける。
そして――
「なれてますよ。 その人みたいな部長に」
「ガム君…」
「守りましょうよ、この居場所を。 今がその時です」
ガムが言った。 その眼差しは力強く。
ラムネ先輩はまた眼を擦る。
「嬉しいな…、そんなこと言ってくれて…。 頼もしすぎるよ…」
先輩の眼から、涙が溢れた。 その涙は、とても温かいものだ。
それに慌てて、シロとここあちゃんも。
「おっと! ガムなんかよりも、俺様のほうが百万倍、頼もしいに決まってるわ!」
「ガムの癖に生意気かも。 わたしのほうが、男なんかよりもずっと役に立つよ」
「おい、お前ら、怒るぞ…」
三人がギャーギャー! と騒ぎ始める。
それを見た先輩の、あはははは! という大きな笑い声が、辺りに響き渡る。
そして、立ち上がって――
「みんな、明日、絶対勝とうね!」
三人がしっかりと頷いた。
彼らの背中を押すように、強い、強い風が吹き通る――。
「あ、それでなんだけど」
ここあちゃんが、ふと口にした。
********
8)
勝負当日。
天候は曇り空。
張り詰めた空気が、重い風に乗る。
「来ましたか…」
表門で待ち構えていた教頭先生が睨む、その先には――
「えぇ。 私たちは、逃げたりはしません」
とてもまっすぐな眼差しをした四人が、ゆっくりとこちらに向かっていた。
「いい覚悟です。 本校の生徒として誇らしい態度だ。 しかし、約束は守ってもらいますよ?」
教頭先生は眉間にしわを寄せてそう言うと、ルールの説明を始める。
今回、勝負の場となるのは、帰宅部らしく、芽高高校から加茂芽駅までの通学路だ。
全てコンクリートで舗装された道で、田畑を貫いたり、住宅街に入ったりと、結構入り組んだものとなっている。
芽高高校の近くには、もう一つ大きな芽高駅もあり、生徒のほとんどはそちらを利用するのだが、今回はあえてなのか。
リレー形式で、指定されたところでバトンを回す。
「いい? 昨日の打ち合わせ通りでいくよ?」
ここあちゃんが、こっそりと言う。
「帰宅部ならではの作戦…やな」
「上手くいけば、出し抜けるかもしれないんだな」
シロとガムも、作戦とやらを頭の中で再確認。
「よし、行くよ、みんな!」
そしてラムネ先輩の掛け声で、それぞれのスタートラインに向かう。
皆同じ、守りたい、という気持ちで―――
―――「準備は整ったみたいですね」
各場所から準備ができたことをを携帯電話で確認した教頭先生は、それをポケットにしまい、右手にスタート用のピストルを暗い空へと構える。
帰宅部の先発は、シロ。
彼の表情はいつものちゃらい雰囲気ではない。
「よーし、絶対にいいスタートをして繋げたるっ!」
シロは腕を二、三回回し、ふっー! と強く一息吐く。
そして、ゆっくりと姿勢を落とし、戦闘態勢に入る。
「いいですか? よーい……」
パンッ!!
ピストルの音が天高く轟き、同時に第一走者は強く、前へと駆け出す。
こうして、帰宅部の存続を賭けた闘いの火蓋が、切って落とされたのだった――。
********
9)
スタート開始直後は、青々とした木々が横に並ぶ直線の道だ。
小細工はない。 ただ全力で前へ脚を動かすだけ。
「あそこまでは気張れよ、俺様!!」
シロは歯を食いしばり、必死で陸上部第一走者の後ろにかじりつく。
離されてそうになっても、そのたびに引きちぎれそうな脚を力の限り振るう。
「よし、負けてないで、俺様! もう見えてるで、あそこに!」
シロの見つめる先は、開けた十字路と信号。
右に曲がれば、芽高駅。
向こう側には、第二走者のここあちゃんが手を大きく振っている。
しかし、その道を遮るかのように信号は赤だ。
陸上部第一走者は、ゆっくり減速する。
だが、シロはその脚を止めない。
「かかったぁぁぁ!!」
シロがニヤリと下品な笑い顔で叫んだ瞬間、信号はパッ! と、青に変わったのだ。
とっさに反応出来なかった陸上部第一走者を出し抜き、シロが向こう側へと渡る。
帰宅部ならではの作戦、その一。
信号の変わるタイミングを熟知せよ!
「ここあちゃん、任せたで!」
パンッ! と、音を立ててバトンが繋がる。
ここあちゃんが、走り出す。
「わたしだって、やるときはやる!」
普段、運動とは無縁の関係であるここあちゃん。
その走りもどこかぎこちないが、それでも精一杯腕を振り、脚を動かす。
ここあちゃんが走る道は左右に田畑が広がり、住宅街へと続く。
「苦しい…。 でも、もう少し!」
身体が慣れないことに対し、悲鳴を上げる。
シロが作戦の成功により、引き離した距離もみるみると縮んでいく。
陸上部第二走者が、嵐のようにここあちゃんに迫る。
「追いつかれる…!」
脚が石のように重い。 もう限界は通り越しているかもしれない。
それでももがくここあちゃんだが、無情にも嵐はついに彼女の横を通り過ぎてゆく。
ブォゥ…、と小さな風の渦を残して――。
しかし、ここあちゃんはまだ諦めていない。
むしろ、その表情には余裕の笑みが。
「まだ、『とっておき』がある!」
住宅地内に差し掛かり、陸上部第二走者はさらに帰宅部との距離を広げる。
だが突然、ハッ! として、急停止した。
その先には『工事中』の看板。
本来走るべき道が、塞がれていたのだ。
陸上部第二走者はこの辺りの地形には詳しくないのか、オロオロと戸惑いながら回り道を模索する。
それを横見に帰宅部のここあちゃんは、家と家の間の小さな通路に入った。
帰宅部ならではの作戦、その二。
通学路近辺を知りつくせ!
慌てて陸上部第二走者も彼女の後を追うが、ここあちゃんの選んだ道は、かなり横幅が狭く、追い抜くことはできない。
それに高校生の体格には、通り抜けるのは少し無理があるのだ。
しかし、ここあちゃんは小学生と見間違うほどの小柄。
スイスイと狭い道をくぐり抜け、陸上部を引き離し返す。
「作戦的にはいいけど、コレって自分が小さいことを認めてるよね…」
ここあちゃんが自己嫌悪に陥っているのもつかの間、住宅地を抜けると広い場所に出る。
少しした先には、ラムネ先輩がエールを送っていた。
「ファイト! ここあちゃん!」
ここあちゃんは最後の力を振り絞り、駆け抜ける。
「ラムネ先輩、任せました!」
パンッ! また一つ、思いを乗せたバトンが繋がった。
「ラムネって言うな!」
そう笑顔で言い残すと、先輩は背中を向けて走り出す。
ラムネ先輩が少し走ると、大きな道が横切る場所に着く。
車通りが多く、簡単には渡れない。
信号と横断歩道があるが、まだまだ変わる様子もなかった。
後ろからは、もう陸上部第三走者が見えている。
「さすがは陸上部…、上手く巻いてもすぐに追い付いてくるね! でもっ!」
そう言うと、ラムネ先輩は目の前の横断歩道を無視し、バッ! と、右の歩道へ走り出した。
ふいを付かれた陸上部は、思わず立ち止まる。
先輩が見つめる先には、向こうへ渡る歩道橋があった。
帰宅部ならではの作戦、その三。
大きな道路は、安全に渡れ!
しかし歩道橋は、なかなかの階段数で普通ならば信号を待ったほうが早い。
だが、その点も彼女は抜かりなかった。
「私は、脚が長いのだから!」
ラムネ先輩は自身のアイドル体型を生かし、階段を二、三段ほど飛ばし、みるみる高い歩道橋を駆け上がる。
少し女の子としてははしたないかもしれないが、勝つために手段は選んでられない。
ラムネ先輩の行動を嘗めてかかっていた陸上部第三走者は、信号が青になると、慌てて彼女の背中を追う。
階段を一気に下り、少しばかりか差は開いた。
もう目の前にアンカーのガムが見えている。
しかし、ここに来てラムネ先輩のスピードが落ちてきた。
「うっ…、ヤバイ…、無理しすぎたかも…」
さっき本来走るべきでない歩道橋を一気に駆け上がり、その分のダメージが脚にきたのだ。
一本踏み出すたびに電気が走るような痛みがラムネ先輩を襲う。
「あと少し…、あと少しなの…」
もうすぐそこまで陸上部が迫っていた。
心がくじけそうになる。
胸の苦しさと、脚の痛みと、焦る心で、涙が出そうなる。
――ゴメン、先輩…。 ゴメン、みんな…。
そう思った時だった。
「ラムネ先輩、諦めんなっ! ラストぉぉぉッ!!」
先で待つガムの、スタート地点まで響きそうな―、天を突き抜けそうな―、そんな大きな叫びがラムネ先輩の胸を貫く。
ドクンッ! と、胸の鼓動が大きく鳴った。
胸も苦しい。 脚も痛い。
だけど、どこからか力が湧いてくる。
――そうだ、諦めるわけにはいかないんだ!
ラムネ先輩が最後の力を振り絞る。
「ガム君、行くよっ!」
「はいっ!」
バトンを受け渡そうとした。
その時――、
カツンッ…。
「あっ………」
ラムネ先輩の身体が、前へと地面に沈む――。
********
10)
「ラムネ先輩ッ!!!」
まさかのアクシデントだった。
第三走者からアンカーへバトンを渡す瞬間、不幸にもラムネ先輩が足をくじき、倒れてしまったのだ。
「大丈夫ですか、先輩!?」
アンカーのガムが慌ててラムネ先輩に駆け寄る。
「えぇ…、それよりも、早くこれを…」
ラムネ先輩は痛む足を押さえながらも、ガムにバトンを渡す。
「でも、先輩、早く保健室に…」
「馬鹿っ! 何のためにここまで頑張ってきたのよ!」
沈んだ声で心配するガムだが、そんなガムに先輩はいつもにない表情で怒鳴る。
「これはみんなが必死に繋いだ…、思いが詰まったバトン! こんなところで無駄にしないで! 諦めるな、と言ったのは、ガム君だよ!?」
「先輩……!」
「いい? 絶対に勝って! また、みんなで笑えるように!」
先輩は少し涙でそう言うと、ガムの手にしっかりとバトンを握らした。
みんなの思いが詰まったバトンを――。
「わかりました…、オレ、やります! そして必ず、帰宅部を守る!」
ガムは立ち上がり、強い眼差しをゴールの加茂芽駅へ。
こうしているうちにも、陸上部アンカーは帰宅部を追い越し、もの凄い速さで差を開いていっている。
「ガム君、楽しんだもの勝ち…だよ?」
先輩の声に押されるように、ガムは走り出す。
最後の加茂芽駅への道は、小細工無しの直線。
ガムは胸の奥が熱く感じた。
ちょっと前までの黒い渦はもう、ない。
むしろ、青空のようにスッキリと晴れていた。
ガムは走る。 今までにない速さで。
ランニングマシーン事件の時よりも、
先輩に追い掛けられた時よりも、
ずっとずっと速く。 風のように。
陸上部を相手に、ガムはどんどん距離を縮めていく。
そして、ついに横に並んだ。
――ヤバイ、オレ、何してるんだろう…。 凄く苦しいのに。
胸の酸素が少なくなり、張り裂けそうだ。
脚は固くなり、引きちぎれそうだ。
――こんなのアホ臭いと思ってたはずじゃなかったのか?
入学式の日、廊下に貼られたポスターを鼻で笑ったことを思い出した。
あの時の自分が、今の姿を見たらどう思うだろうか。
きっと白い眼で見るだろう。
――じゃあ、なぜランニングマシーンの時に一瞬でも廃部を恐れたんだ。 なぜ清掃活動の時に深く悩んだ。 なぜ教頭先生に反抗した。 なぜ先輩に部を守ろうと言った。
今までこんなに何かを必死に頑張ったということがあっただろうか。
入試も自分の実力で行ける、それなりのところを選んだ。
中学でも、小学校でも、運動会の徒競走では、五人中三位。
通知表も、いつも三、四が付いていた。
ゲームもクリアしたら、特別やり込みもしない。
本もどっぷりハマって、何回も読むことはない。
いつもそれなり。
いつも真ん中。
いつも普通。
いつも中途半端。
――いや、小さい頃は、面白いと思ったことには、一生懸命だったかもしれない。
夢中になって日か沈むまで、ボールを蹴り続けた。
カッコイイヒーローに憧れ、テレビにかじりついた。
周りに負けたくなくて、必死で走る練習をした。
ガムの胸が熱い。
そうこれは、ずっと忘れていた気持ちかもしれない。
――凄く苦しい。 凄く辛い。 でも……、凄く楽しい!!
努力すること。
何を頑張ること。
それは凄く面倒臭いことだけど、凄く楽しいこと。
そんな当たり前のことを、ガムはずっと忘れていた。
その思いがずっと表に出なかったら、深く苦しんでいたのだ。
――今ならわかる。 先輩が笑っていた理由。 何をするのも全力でやれば、凄く楽しいんだって。
気づくと、ガムは笑っていた。
――みんなの、先輩の、帰宅部のおかげだ。 オレは…、あの居場所を守るっ!!
「楽しんだもの勝ち…だよなっ!!」
もう目の前には、二人の教師が持ったゴールテープが迫っていた。
ガムは駆ける。
正真正銘の最後の力で。
「うおぉぉぉあぁぁぁぁ!!!」
そして、ゴールテープは地面へ、ゆっくりと落ちた―――。
********
11)
「ゴメン、みんな…。 負けたよ…」
曇り空に加え、日も沈み、辺りはもう暗くなっていた。
弱い街灯が、校門で再び集まった四人を照らす。
「ガムは悪くないわ」
と、シロ。
「うん、頑張った」
と、ここあちゃん。
「最後、かっこよかったよ、ガム君。 ありがとう…」
と、ラムネ先輩。
そこに教頭先生がゆっくりと近づく。
「約束通りです。 帰宅部は、廃部にします」
秋の風が、四人の心に通り抜ける。
と、その時。
「その必要はありませんよ、教頭先生」
校舎の方から声がし、ゆっくりと足音が近づく。
「この声は…」
四人はどこかで聞き覚えのある声だと思った。
街灯が声の持ち主を照らし、顔を現す。
それは、白髪混じりの五十代後半くらいの男性。
「校長先生…?」
教頭先生が不思議そうに、その人物の正体を言う。
「教頭先生、帰宅部は…いえ、萬部は廃部にする必要はありませんよ」
校長先生が落ち着いた口調でそういうと、教頭先生は当然のことのように、すらすらと質問を述べる。
「どういうことです? 功績もなにもない。 これといった活動もしていない。 どこにこの部の存在価値があるのです?」
それに校長先生は、ははは! と役職には合わない、大きな笑い声を上げた。
「功績? あるじゃないですか。 たった今、陸上部と張り合ったそうじゃないですか。 他にもボランティア活動を全力で取り組んでいる。 学校にとっても、とても誇らしい部ではありませんか?」
それに…、とさらに校長先生は続けて。
「教頭先生、あなたも元・萬部員ですよね?」
えっ!? と、校長先生の口から出た衝撃の言葉に、帰宅部員は思わず声を上げる。
それに教頭先生は眉間にしわを寄せ、ゆっくり事実を口にする。
「えぇ…、私も二十年ほど前の芽高高校の萬部でしたよ。 でも、何もしない、つまらない部でした。 なのにいつもへらへらと笑って…」
教頭先生は何かを思い出したのか、イライラとした歪んだ表情を見せた。
「何もしない…ですか。 それは、違うのでは?」
校長先生が口に手を当て、考えるように意見を述べる。
「それは教頭先生が何もしなかったのでは? この子たちを見て思います。 どんな些細なことでも全力で取り組めば、笑顔になれる、と」
「それは………」
教頭先生が言葉を失う。
校長先生は、ふぅ…、と一息つき、微笑んで教頭先生に言う。
「この件は私が処理しておきます。 教頭先生は、ゆっくりしてください」
それを聞くと、教頭先生は、はい…、と小さく返事をし、俯いて校舎へ戻っていく。
意外な展開、意外な人物により、帰宅部の危機は一瞬で去ってしまった。
「あの…、どうして庇うような真似を? 教頭先生の言うことは、一律あるのに…」
ラムネ先輩がそれに戸惑い、申し訳なさそうに問う。
それを聞いて、校長先生はまた笑った。
「私も同じことをしましたから。 演劇部を存続させるために、何度も名前を変えて存続させたものです。 私が卒業した後、大会を優勝して今の部があるようですが」
またもや意外な校長先生の発言に、唖然とする帰宅部。
昔の校長先生は、かなりやんちゃだったのか、と。
「今のこの時間を楽しみなさい! あなたたちの部は、これからもっといいものになるはずです! 演劇部のように、ね?」
こうして、帰宅部の波乱の闘いは、終息と迎えた――。
********
12)
次の日の放課後。
いつものように集まる四人。
しかし、またもや穏やかな状況ではないようで――。
「私、帰宅部を引退します」
ラムネ先輩の爆弾発言が全ての元凶だ。
「えっ!? ちょ、先輩、専門学校希望だから卒業するまで、ここにいるつもりだったのでは…?」
ガムが眼を左右にキョロキョロさせ、一学期の清掃活動の時のラムネ先輩の発言を思い出して言う。
それに対して、ラムネ先輩は言いづらそうな態度で。
「あー…、うん。 そうだったんだけど、さ。 夏休み辺りから、大学に変えようかな…なんて思って、勉強頑張っちゃったり…。 てへっ♪」
「てへっ♪ じゃないですよ! オレたち、先輩に贈る物、何にもないですよ!」
ガムは少しご機嫌ななめな顔で、先輩に言い返す。
それに続いて、シロとここあちゃんも、そうだ! そうだ! と騒ぎ立てる。
それもそうだ。 突然の別れの話。 寂しいわけがないのだから。
しかし、先輩は首を横に振った。 何もいらない、と。
「だって…昨日も…、いや練習も、毎日の活動も全部! みんな、頑張ってくれた! いつも私に勇気をくれたじゃない!」
先輩はまた涙を流していた。 顔を真っ赤にして、せっかくの美人顔が台なしだ。
「だから、もう何もいらない…。 貰いすぎになっちゃうから…。 ありがとう、みんな! 楽しかったよ!」
先輩が無理矢理な笑顔でそう言った。
すると――
「あー、そうすか。 んじゃ、何にも用意しやんでええな」
「新しい本を買うお金、キープしたいし」
「そそ、面倒なことはしないに限る」
と、シロ、ここあちゃん、ガムのまさかの白状な台詞。
それにラムネ先輩は眼を丸くし、慌てて、前回撤回! を繰り返す。
帰宅部室に笑い声が溢れた――。
夕日が差し込む帰り道。
空気はすっかり秋の匂い。
優しい風が、すすきを揺らす。
珍しくガムはラムネ先輩と二人、昨日戦場となった加茂芽駅へ続く道を、自転車を押して歩く。
自転車のカタカタという音が、広い田畑に響く。
「ねぇ、先輩」
「なぁに、ガム君?」
ガムが声を掛け、ラムネ先輩が問い返す。
「先輩、オレ、好きです」
ブフーッ!! 不意打ちであまりにもぶっ飛んだガムの台詞に、思わずラムネ先輩は吹き出した。
「え、え、ちょっと…、ガム君?!!」
ラムネ先輩は顔を真っ赤にし、両手を左右にバタバタと振る。
そんなラムネ先輩の態度もお構いなしに、ガムは真顔で言葉を続ける。
「オレ、好きです。 この部活が。 部員のみんなが。 先輩のことも。 だから、次の部長、オレがやります。 絶対、この部を守ってみせます!」
そう言い切って、ガムはグッ! と、ガッツポーズ。
あぁ…部活としての話…、とラムネ先輩は慌てた自分が恥ずかしくなり、早まった鼓動を沈める。
だが、ガムのその言葉はラムネ先輩にとって最高に嬉しい言葉には違いなかった。
「うん、いいよ! ガム君なら、きっといい部長になれるよ!」
ラムネ先輩はそう言って、太陽のようなとびっきりの笑顔を見せた――。
********
13)
ラムネ先輩が引退し、ガムが帰宅部の部長となり、そして早くも三月。
時に獣のように慌ただしい先輩も、やっぱり最後はぐちゃぐちゃに崩れた笑顔で卒業していった。
なんだかんだで涙もろい先輩だった、とガムは振り返る。
そして四月。
新たな学年を迎え、いよいよ入学式の日。
ガムは廊下の窓に勧誘のポスターを急いで貼っていると、高校生活最初のホームルームを終えた新入生がぞろぞろと歩いてきた。
いそいそと部活見学へと向かう人々がほとんどだが、その中にゆっくりと歩く二人の女子が。
「ねぇ、部活決めた?」
「部活? 決まってるじゃん! 私は帰宅部よ!」
ガムはその会話を聞いていると、去年のことを思い出す。
そして、ふっ…、と微笑むと、その二人の下に駆けていった―――。
********
どうして君は、走りつづけるのだろう?
どうして君は、そんなに頑張るのだろう?
向かい風が吹いて、強い雨が降り注ぎ、
それでも君は、笑っていたよね。
「世の中、楽しんだもの勝ち」
だって、それが君の口癖だった。
そんなに楽しいのかい。
頑張ることっては。
僕も一歩、踏み出した。
とても苦しくて、
辛くて、
逃げ出したくもなった。
それでも目指したその先には、きっと――
――笑顔の涙。
とある世界のとある場所。 そう、これは無限にも存在する世界の中のその一つの物語。
桜吹雪が舞う空の下、
彼女は一つの歌を歌い終えた。