学生戦争 第3話 戦争! ~学生たちの修羅場~
2010/08/28 22:50:46
まだ続くのか、この小説は。
それでもまだ、読んでくれる方は↓
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8)
火凛のプライドを捨てた一撃により、無事に教室を抜け出したオレたちは、広く長い、冷たい廊下を駆けて給食室へと向かっていた。
後は忍び込み、ダッツを奪取するだけだ!
「しかし、よくとっさに動けたよな?」
オレがそう問うと火凛は、クスッ、と笑って答えた。
「違う違う! 実はあの双子が抜け出したときから考えてたのよ!」
「え!?」
予想もしなかった言葉にオレは驚きを隠せない。
「なんでオレに言わなかったんだよ!? だったらもっとスムーズに出られただろうに!?」
「『騙すならまず味方から』って言うでしょ? あの変態教師を出し抜くためよ」
やっぱ、コイツ、性悪りぃ・・・。
オレがコイツと一緒にいて、生き延びてるのが改めて不思議になるよ・・・。
そう思いながら深いため息を吐くと、さらに火凛は笑って言った。
「それにね」
「それに?」
「明斗って顔に出やすいじゃん♪」
「火凛っ!!」
うわぁ、腹立つ!
本当に、なんでこんな不良と一緒にいるんだろう!
そう火凛のからかいに突っ込みをいれながらも、誰にも見つからず、確実に給食室へ進んでいた。
階段を下り、長い廊下に差し掛かる。
そして、誰もいない教室を横切った。
その時―
「行かせるかっ!」
後ろから地震のような速い足音と、大きな掛け声と共に、鋭い拳がオレの後頭部に目掛けて飛ぶ!
「うおぉぉ!?」
あっぶねぇ・・・!
間一髪のところでオレは一歩後ろに下がり、攻撃をかわした。
「お前は・・・」
立ち塞がったのは、さっき教師に暗黙の了解で放置された夏鳥 蓮治だ。
どうやら、どこかの物陰に潜んでいて、そこから全力で走ってきたらしい。
黒の短髪と筋肉質な腕が、汗で輝いてみえる。
さすが、筋肉馬鹿ってところか・・・。
「明斗! ダッツはオレの物だっ!」
蓮治はそう言って、また素早い右ストレートを繰り出す。
「クソォ、不意打ちとか反則臭せぇ!」
オレも負けじと蓮治の攻撃を再びかわす。
「へっ! これは戦争だ! ルールなんてあるものか!」
蓮治は笑いながら、さらに連続で拳の弾丸を撃ち込んでくる。
確かにごもっともな発言!
だけど、オレも負けるわけにはいかないんだ!
オレは左右後ろに跳びはねて、弾丸を回避。
逃げるだけなら火凛に追い回されて鍛えられたからなっ!
だが、それも長くは続かない。
「!?」
後ろで、ドンッ! と物が当たる感じがした。
しまった!?
壁に追い込まれた!!
そう思った時には、すでに筋肉の弾丸はオレを目掛けて直進していた!
ドコォッ!!
鈍い音が耳元で響く。
だけど、それはオレの頭からじゃない。
蓮治の後頭部からだった。
「な、に・・・!?」
蓮治はよろめきながら、後ろを覗く。
そこには茶髪でポニーテイルの少女が、右手で鈍器をクルリと回しながら不気味な笑みを浮かべていた。
「佐東・・・! 鉄パイプ・・・だと!? 反則だぞ・・・」
「ルールはないんでしょ? じゃあ、鉄パイプぐらい使ってもいいじゃない」
佐東 火凛は、もはや屁理屈とも言える言葉を吐く。
ルールはない。
ここは戦場なのだから。
くっ・・・! と、蓮治は悔しさで顔を歪め、オレの足元に倒れこんだ。
「いいのか、これ・・・?」
「大丈夫よ。 気絶させただけで、怪我はさせてない」
いや、そういう問題じゃないんだけどな・・・。
でも、突っ込むのは止めておこう。
下手すりゃ、オレも蓮治と同じ運命をたどることになるから・・・。
「じゃあ、行こうか」
火凛は、オレの不安もそっちのけで再び歩み始める。
ちょっとは自分のしたことに責任持てよ・・・。
オレも深いため息をついて、火凛について行く。
しばらく歩くと、靴箱が並ぶ昇校口に出た。
校内全生徒分の靴箱があるだけあって、改めて見ると広く感じる。
ここから中庭への扉があり、そこから給食室の裏の窓へ忍び込むつもりだ。
オレと火凛は慎重に扉へと向かう。
「明斗・・・」
ん?
どこからかオレを呼ぶ声がしたような・・・?
「なぁ、火凛。 呼んだか?」
「は? 呼んでどうすんの?」
あっ、そう・・・。
でも、火凛でもないなら、誰だ・・・?
オレは辺りを見渡すが、誰もいない。
気のせいか?
なんだか気持ち悪いな・・・。
さっさとダッツを奪取して、ここから離れたい・・・。
暗い雰囲気が立ち込める中、火凛が扉に手をかける。
その時―
バッ!!
「なっ!?」
「明斗!?」
またやられたっ!
一瞬にしてオレは何かに腕を捕まれ、物凄い速さで何処かに引き込まれ、床にたたき付けられてしまった。
「痛ってぇ・・・!? 何が起こったんだ・・・?」
見回すと昇校口の近くのトイレのようだ。
しかも女子の・・・。
薄れた黄色い壁に囲まれた個室が並び、壁や床は古く汚れて黒くなっている。
こんなところ誰かに見られたら変態扱いだな・・・。
あの英語教師と同じ扱いなんてゴメンだ。
「明斗、大丈夫・・・?」
上からさっき、オレを呼ぶ声がした。
見上げるとそこには見馴れた顔に、黒のツインテールの少女が一人。
「喜妁!?」
それは双子姉妹の妹、望月 喜妁だった。
喜妁はオレに手を差し伸べ、引き上げる。
「助けに来たよ、明斗」
「はい? 何から?」
「火凛だよ」
え?
オレ何かされてたっけ?
いや、確かにアイツといればつねに死にそうにはなるけど・・・。
それに今は・・・。
「お前らが組むこと勧めたんじゃん・・・」
そうだ。 喜妁、そして姉の杏子が、オレが火凛と組むことを提案したんだ。
「で、でも・・・、明斗大変そうじゃない? 喜妁、それが心配で・・・」
「いや、確かに大変だけどさ・・・」
だけど、組むと最終的に決めたのはオレであって、組む以上は覚悟はしている。
「だけど、喜妁・・・、明斗に何かあったら心配で、心配で・・・!」
どうしよう・・・。
なんだか、喜妁は泣きそうな雰囲気だ。
ここで泣かれたら、見つかる可能性もある。
ダッツ奪取計画が台なしになるだけじゃない。
この状況が見つかれば、いろいろ面倒臭い噂が広まっちまう!!
な、何とかしないと・・・。
「な、泣くな! 心配かけたオレが悪かった。 だから、な?」
「う、うん・・・」
オレがなだめる言葉をかけると、喜妁は少し眼に浮かんだ涙を指で軽く拭う。
そして、思わぬ行動に出る。
「ありがとう・・・、明斗」
「えっ!?」
ギュッ! と強く腕を回し、オレを抱きしめてきたのだ!
顔をオレの胸に押し付け、身体を預けるような体勢で。
「ちょ、き、喜妁!?」
ど、どうしよう!?
な、なんだよ、このライトノベルみたいなノリ!?
これは現実か? 現実なのか!?
とにかく、こんなところ誰かに見られたら、本気でヤバイ!?
かと言って、女の子を突き放すのもなぁ・・・。
何もできず赤面するオレに対し、喜妁はますます強く抱きしめてくる。
「ねぇ、明斗・・・?」
「何だよ、喜妁・・・?」
胸がドクドクと激しく脈打つオレの顔を、愛らしい瞳で喜妁は見つめてきた。
・・・あれ?
こんなシチュエーション、さっきもあったような・・・?
ふと、オレの中で記憶の断片が光のように過ぎる。
それは今朝のことで・・・。
しまった!?
しかし、気づいた頃には遅かった。
ドスッ!!
「がはぁっ!!」
目の前の少女は、唐突にオレの腹を殴り飛ばしたのだ!
オレの口からは空気が一気に吐き出て、そのまま壁に勢いよくたたき付けられる。
「くっ・・・」
「へへ、明斗。 あたしたちの騙し勝ちね」
「お前、喜妁じゃねぇな!?」
少女は高らかに勝利を口にすると、ツインテールを束ねていたゴムを外す。
黒い髪は、スルリと流れるように解かれ、ショートに早変わりした。
「杏子っ・・・!」
彼女は望月 喜妁ではない。
双子の姉、杏子だったのだ!
始めに気づけばよかった・・・!
喜妁は穏やかで争いは好まない。
トイレに引き入れたり、床にたたき付けたりなんて絶対にしないはずだ。
それに対して姉の杏子は活発で、割と無茶苦茶な行動もする。
「入れ代わり作戦は成功ね! 今頃、喜妁は給食室に忍び込んでると思うよ」
双子ならではの作戦ってやつか・・・!
長年一緒にいても見分けが付かないくらい、顔も声も、外見は全てにおいて瓜二つなヤツらだ。
演技さえすれば、どっちだか分かるわけがない・・・。
今回は大人しい喜妁と見せかけ、オレを油断させて潰す・・・。
と、そんなところか。
長年いるってのが、逆に仇になるとはな・・・。
オレは巨大な鉄玉がのしかかる腹を押さえながら、壁にもたれ掛かる。
くそぉ・・・。 どうする?
何とか、ここを切り抜けないと・・・。
だからと言って、やっぱり女の子に手は出しにくい・・・。
詰められたかっ・・・。
オレは頭をフル回転させたが、手段は何も出てこない。
ゲームオーバー。
そんな一言が頭に過ぎるだけだ。
もう終わり・・・か。
そう思ったときだ。
「へぇ~、意外と小さい胸してんなぁ?」
「きゃっ!?」
目の前で杏子が・・・えと、誰かに背後から胸元を揺さぶられている。
明らかなセクハラ行為・・・。
「ん~? そうやな、大きさはぁ・・・」
「え!? わかっちゃうの!? ちょ、嫌ぁぁぁ!!」
謎の人物による打ち抜きボディーチェックにより、杏子は悲鳴と共に真っ白になってしまった。
そのまま犯人に抱き抱えられたまま、ガクッ・・・、と頭が落ちる。
「危なかったなぁ、明斗。 アンタももう少しで、こんなんになってたんちゃう?」
「いや・・・、お前の犯罪行為には敵わねぇよ・・・」
セクハラの犯行を行ったのは、関西少女の千湖だった。
彼女は凄く満足感に満ちた顔で、そっと白くなった被害者を壁にもたれ掛かるように座らせる。
「なんでオレを助けたんだよ? ダッツはいいのか?」
オレは千湖に尋ねた。
そう、ここは戦場だ。
人を助ける行為は、自らを危険にさらすことになる。
ましてや敵だぞ?
そんなヤツを助けて何になるんだ?
しかし千湖は、微笑みながら思いもしないことを言う。
「勝てるわけないやん」
「え?」
「勝てるわけないやん、アンタらにな」
それは戦闘の放棄宣言だ。
「どういう意味だ・・・?」
オレは彼女の言葉の意味がわからなかった。
彼女に限って諦めるとは思わないからな。
「そのまんまや。 火凛と明斗には勝てない」
「まさか、お前の情報力のほうが強いだろ?」
「そんなことはない」
嘘だろ・・・?
オレたちのやり方は馬鹿で、効率が悪いこと極まりない。
それに比べて千湖は、この学校中の隅々までよく知っている。
人気の少ない道や、給食室への侵入方法。
それらもいち早く見つけ出したのは、彼女に違いない。
しかし、千湖は首を横に振って、それを否定した。
「いくらいい情報を持ってても、それを活かせなきゃ意味はないわ。 この戦いに勝ち抜くのに必要なのは情報やない。 圧倒的な力と、冷静な判断力や」
圧倒的な力と、冷静な判断力・・・。
彼女の言葉にはどこか説得力がある。
これが情報屋としての貫禄ってやつなんだろうな。
千湖は少しうつむいて、自らが出した戦いの理論を続けた。
「よく考えてみ? 火凛にケンカで勝てる生徒がいると思うか?」
「まぁ・・・、確かにいねぇな」
鉄パイプには、な・・・。
「それに、明斗は火凛を導くことができる唯一の存在や。 そんな二人が手を組んだら、勝てるわけないやん・・・」
いつも死にかけてるけどな・・・。
でも、千湖の言う通りかもしれない。
火凛のあの天才・・・いや、天災的な力があれば、どんな戦いも勝ち抜けるかもな。
そんな火凛についていってるオレって、意外と凄いのか・・・?
あんまり自覚はないけれど、千湖が言うならそうなのかも・・・。
自画自賛っぽいけどな。
「まぁ、実際、手に入れられる気がせぇへんねんけど・・・」
「何か言ったか?」
「い、いや、何でもない!」
ん・・・?
千湖が、ボソッと何か言った気がするんだけど・・・?
オレが尋ねると、千湖は慌てた様子で腕をバタバタと左右に振った。
「そ、それより火凛が心配してるんちゃう!?」
「あ、そうだった!?」
そうだ、火凛とはぐれてたんだ・・・!
ヤバイ、戻ったら殺されるかも・・・。
でも、いつまでも心配かけるわけには、いかないな。
「ありがとうな、千湖! オレ、行くわ!」
「なんか、室長が探してるみたいやからな。 気ぃつけやっ!」
「おう!」
オレと千湖はそう掛け合い、頭の上でハイタッチをして別れた。
オレは走り出す。
相棒の元に――。
--------------
9)
「どこ行ってたのよっ!」
「悪りぃ、悪りぃ・・・って、ちょ!? 鉄パイプ振り回すな!」
オレは無事火凛と合流し、再び中庭への扉の前にいた。
しかし、火凛は相当怒ってるらしく、鉄パイプをぶん回し、激しい猛攻を繰り出す。
「ご、ゴメン! 心配かけたのは、謝るからっ!」
なんか、さっきも誰かにこんなこと言ったような気がする・・・。
ここまで激しくないけどな・・・。
だが、オレがそう言うと火凛の手が、ピタッと止まる。
そして火凛は、顔を真っ赤にして、
「べ、別にアンタのことなんて心配してないわよっ!!」
そう恥ずかしそうに叫んで、そっぽを向いてしまった。
思いもしない事態にオレもびっくりだ・・・。
ま、まさかのまさか・・・。
あの火凛がデレるとはっ・・・!!
オレはあまりのことに一歩後ろに引き下がる。
「なんて顔してんのよ・・・?」
「いや、その・・・。 ははは・・・」
ヤバイ、殺されるかも・・・。
へ、へへ、もう笑うしか、ない・・・!
だけど、火凛は何もしてこなかった。
むしろ、フッと鼻を鳴らして、少し優しく微笑んだ。
「しょうがないなぁ~。 今日は特別に許してあげるよ」
信じられねぇ。
火凛が許すなんて・・・!
そして一瞬だが、今まで考えてたことのないことが、頭に過ぎる。
火凛が―。
「見つけたぞ・・・!」
突然、後ろから声がした。
それもかなり怒っている・・・。
オレたちは振り向くと、そこには、ゼェーゼェー・・・、と荒い息を吐く果集院の姿が・・・。
果集院は針のように鋭い眼光を放ち、怒りに震えた拳を握りしめていた。
その手には―
「喜妁!?」
双子の姉妹の妹、喜妁がダラリと身体を曲げて意識を失っている。
どうやら、給食室に忍び込む前に室長に見つかって・・・。
「私のプライドを踏みにじり、授業を抜け出し、あげくはこんな所でイチャついているとは・・・」
室長は、まるで噴火寸前の火山だ。
いつ爆発してもおかしくない・・・。
「あのぉ~、室長さん? オレたちは別にイチャついていたわけじゃ・・・」
オレは果集院をなだめるように言った。
しかし、火を噴く山はついに―。
「理由はなんであれ、許さんっ! 全力でお前たちを捕獲する!」
果集院はそう叫ぶと共に、喜妁を床に投げ捨て、もの凄い速さでオレたちに向かってくる!
それは獲物を狙う猛獣のように・・・!
「話が通じる相手じゃない! 逃げるよ、明斗!」
火凛はそう言うとオレの手を掴み、扉を開けて中庭へと走り出す。
「ちょ、火凛!?」
火凛の手から温もりを感じる。
何だか、不思議な感覚だった。
給食室の裏窓まであと少し。
しかし後ろには、猛獣と化した室長が犬歯をむき出しにして襲い掛かる。
迫る危機と、不思議な感覚がオレの胸の鼓動を速くしていた。
「このままじゃ、捕まるっ!」
火凛の焦る声に、オレは我に帰る。
そうだ。
今のこの状況をなんとかしないと・・・!!
オレは辺りを急いで見回す。
中庭にはいくつもの大きな花壇があり、中央には木製の古びたベンチと机があった。
上を見上げると、教室の窓が並んでいて・・・。
教室・・・?
そうだっ!!
オレは火凛の手を振りほどく。
「明斗っ!?」
火凛が驚いたようにオレの名前を叫ぶが、構わねぇ。
今なら、こんなオレでも勝てるから気がするからなっ!!
「室長、上をよく見やがれ!!」
「何・・・?」
オレがそう言うと猛獣の足が止まった。
オレはニヤリと笑って、話を続ける。
「いいのか? こんな所で騒いでさ? ここなら学校中から丸見えだぜ?」
「なっ・・・!?」
室長も、ハッ! と、我に帰って周りを見渡す。
「もし全員に今のお前を見られたら、それこそお前のプライドがズタズタじゃねぇか?」
「あっ・・・あっ・・・」
もはや室長は、声にもならない悲鳴を上げて一歩、また一歩とよろけながら後ずさる。
今だっ!!
室長のその姿を見たオレは、トドメの言葉を放つ。
「学校ためだろうが、お前のプライドだろうが関係ねぇ! それで誰かを泣かせてりゃ、世話ねぇぜっ!!!」
それは鋭い剣となって、果集院の胸を貫く!
そして彼女は崩れ落ち、そのまま硬直して動かなくなった。
やった・・・、やってやったぞぉぉぉぉぉ!!
こんな何もできない、ただのオタクである自分が、室長という巨大な壁をぶち抜いてやった!
まだ高鳴る鼓動は止まらない。
少し落ち着きたい気もするが、そんな時間は残されていなようだ。
「明斗、早く!」
給食室の裏窓に立つ火凛が、オレを急かすように呼ぶ。
慌てて駆け寄ると、窓はすでに開いており、跳び箱三段ぐらい高さにあった。
少し跳べば越えられそうだな。
「いよいよだな」
「そうね」
オレと火凛はお互いを見つめて頷く。
これで最後なんだ。
これでオレたちの戦争は終わるんだ。
中を慎重に覗きこむと、そこには誰もいなかった。
どうやら調理は終わったらしい。
せーの! の掛け声でオレたちは窓をくぐり、侵入する。
どこもかしこも目に付くのは、金属の印象だった。
それに台所や、鍋、道具、洗浄機や自動皮向きなど、どれも家庭のとは違う破格の大きさだ。
さすがは校内の全員の食事を作ってるだけはあるな。
ところでダッツは・・・と。
見回すと少し先に銀色に輝く箱があった。
恐らくあれが冷蔵庫だ。
オレと火凛は恐る恐る箱に近づく。
そして、火凛が取っ手部分に手をかける。
「準備はいい、明斗?」
「あぁ・・・、いいぜ」
火凛はそっと箱の扉を開けた。
しかし―
「・・・ないっ!?」
冷蔵庫の中は何一つ残っていなかったのだ。
その時、何やら廊下のほうから、ゴトゴトという大きな物が揺れる音がした。
ワゴンの運ばれる音だ・・・!!
「一歩遅かったか・・・!」
火凛は、チッ! と舌打ちをし、慌てて来た道を引き返す。
オレも遅れて火凛の背中を追いかけた。
まだ急げば間に合うか・・・!?
頼む、間に合ってくれ!!
オレたちは走る。
この最後の戦いのために。
戦いの始まりの場所へ――。
火凛のプライドを捨てた一撃により、無事に教室を抜け出したオレたちは、広く長い、冷たい廊下を駆けて給食室へと向かっていた。
後は忍び込み、ダッツを奪取するだけだ!
「しかし、よくとっさに動けたよな?」
オレがそう問うと火凛は、クスッ、と笑って答えた。
「違う違う! 実はあの双子が抜け出したときから考えてたのよ!」
「え!?」
予想もしなかった言葉にオレは驚きを隠せない。
「なんでオレに言わなかったんだよ!? だったらもっとスムーズに出られただろうに!?」
「『騙すならまず味方から』って言うでしょ? あの変態教師を出し抜くためよ」
やっぱ、コイツ、性悪りぃ・・・。
オレがコイツと一緒にいて、生き延びてるのが改めて不思議になるよ・・・。
そう思いながら深いため息を吐くと、さらに火凛は笑って言った。
「それにね」
「それに?」
「明斗って顔に出やすいじゃん♪」
「火凛っ!!」
うわぁ、腹立つ!
本当に、なんでこんな不良と一緒にいるんだろう!
そう火凛のからかいに突っ込みをいれながらも、誰にも見つからず、確実に給食室へ進んでいた。
階段を下り、長い廊下に差し掛かる。
そして、誰もいない教室を横切った。
その時―
「行かせるかっ!」
後ろから地震のような速い足音と、大きな掛け声と共に、鋭い拳がオレの後頭部に目掛けて飛ぶ!
「うおぉぉ!?」
あっぶねぇ・・・!
間一髪のところでオレは一歩後ろに下がり、攻撃をかわした。
「お前は・・・」
立ち塞がったのは、さっき教師に暗黙の了解で放置された夏鳥 蓮治だ。
どうやら、どこかの物陰に潜んでいて、そこから全力で走ってきたらしい。
黒の短髪と筋肉質な腕が、汗で輝いてみえる。
さすが、筋肉馬鹿ってところか・・・。
「明斗! ダッツはオレの物だっ!」
蓮治はそう言って、また素早い右ストレートを繰り出す。
「クソォ、不意打ちとか反則臭せぇ!」
オレも負けじと蓮治の攻撃を再びかわす。
「へっ! これは戦争だ! ルールなんてあるものか!」
蓮治は笑いながら、さらに連続で拳の弾丸を撃ち込んでくる。
確かにごもっともな発言!
だけど、オレも負けるわけにはいかないんだ!
オレは左右後ろに跳びはねて、弾丸を回避。
逃げるだけなら火凛に追い回されて鍛えられたからなっ!
だが、それも長くは続かない。
「!?」
後ろで、ドンッ! と物が当たる感じがした。
しまった!?
壁に追い込まれた!!
そう思った時には、すでに筋肉の弾丸はオレを目掛けて直進していた!
ドコォッ!!
鈍い音が耳元で響く。
だけど、それはオレの頭からじゃない。
蓮治の後頭部からだった。
「な、に・・・!?」
蓮治はよろめきながら、後ろを覗く。
そこには茶髪でポニーテイルの少女が、右手で鈍器をクルリと回しながら不気味な笑みを浮かべていた。
「佐東・・・! 鉄パイプ・・・だと!? 反則だぞ・・・」
「ルールはないんでしょ? じゃあ、鉄パイプぐらい使ってもいいじゃない」
佐東 火凛は、もはや屁理屈とも言える言葉を吐く。
ルールはない。
ここは戦場なのだから。
くっ・・・! と、蓮治は悔しさで顔を歪め、オレの足元に倒れこんだ。
「いいのか、これ・・・?」
「大丈夫よ。 気絶させただけで、怪我はさせてない」
いや、そういう問題じゃないんだけどな・・・。
でも、突っ込むのは止めておこう。
下手すりゃ、オレも蓮治と同じ運命をたどることになるから・・・。
「じゃあ、行こうか」
火凛は、オレの不安もそっちのけで再び歩み始める。
ちょっとは自分のしたことに責任持てよ・・・。
オレも深いため息をついて、火凛について行く。
しばらく歩くと、靴箱が並ぶ昇校口に出た。
校内全生徒分の靴箱があるだけあって、改めて見ると広く感じる。
ここから中庭への扉があり、そこから給食室の裏の窓へ忍び込むつもりだ。
オレと火凛は慎重に扉へと向かう。
「明斗・・・」
ん?
どこからかオレを呼ぶ声がしたような・・・?
「なぁ、火凛。 呼んだか?」
「は? 呼んでどうすんの?」
あっ、そう・・・。
でも、火凛でもないなら、誰だ・・・?
オレは辺りを見渡すが、誰もいない。
気のせいか?
なんだか気持ち悪いな・・・。
さっさとダッツを奪取して、ここから離れたい・・・。
暗い雰囲気が立ち込める中、火凛が扉に手をかける。
その時―
バッ!!
「なっ!?」
「明斗!?」
またやられたっ!
一瞬にしてオレは何かに腕を捕まれ、物凄い速さで何処かに引き込まれ、床にたたき付けられてしまった。
「痛ってぇ・・・!? 何が起こったんだ・・・?」
見回すと昇校口の近くのトイレのようだ。
しかも女子の・・・。
薄れた黄色い壁に囲まれた個室が並び、壁や床は古く汚れて黒くなっている。
こんなところ誰かに見られたら変態扱いだな・・・。
あの英語教師と同じ扱いなんてゴメンだ。
「明斗、大丈夫・・・?」
上からさっき、オレを呼ぶ声がした。
見上げるとそこには見馴れた顔に、黒のツインテールの少女が一人。
「喜妁!?」
それは双子姉妹の妹、望月 喜妁だった。
喜妁はオレに手を差し伸べ、引き上げる。
「助けに来たよ、明斗」
「はい? 何から?」
「火凛だよ」
え?
オレ何かされてたっけ?
いや、確かにアイツといればつねに死にそうにはなるけど・・・。
それに今は・・・。
「お前らが組むこと勧めたんじゃん・・・」
そうだ。 喜妁、そして姉の杏子が、オレが火凛と組むことを提案したんだ。
「で、でも・・・、明斗大変そうじゃない? 喜妁、それが心配で・・・」
「いや、確かに大変だけどさ・・・」
だけど、組むと最終的に決めたのはオレであって、組む以上は覚悟はしている。
「だけど、喜妁・・・、明斗に何かあったら心配で、心配で・・・!」
どうしよう・・・。
なんだか、喜妁は泣きそうな雰囲気だ。
ここで泣かれたら、見つかる可能性もある。
ダッツ奪取計画が台なしになるだけじゃない。
この状況が見つかれば、いろいろ面倒臭い噂が広まっちまう!!
な、何とかしないと・・・。
「な、泣くな! 心配かけたオレが悪かった。 だから、な?」
「う、うん・・・」
オレがなだめる言葉をかけると、喜妁は少し眼に浮かんだ涙を指で軽く拭う。
そして、思わぬ行動に出る。
「ありがとう・・・、明斗」
「えっ!?」
ギュッ! と強く腕を回し、オレを抱きしめてきたのだ!
顔をオレの胸に押し付け、身体を預けるような体勢で。
「ちょ、き、喜妁!?」
ど、どうしよう!?
な、なんだよ、このライトノベルみたいなノリ!?
これは現実か? 現実なのか!?
とにかく、こんなところ誰かに見られたら、本気でヤバイ!?
かと言って、女の子を突き放すのもなぁ・・・。
何もできず赤面するオレに対し、喜妁はますます強く抱きしめてくる。
「ねぇ、明斗・・・?」
「何だよ、喜妁・・・?」
胸がドクドクと激しく脈打つオレの顔を、愛らしい瞳で喜妁は見つめてきた。
・・・あれ?
こんなシチュエーション、さっきもあったような・・・?
ふと、オレの中で記憶の断片が光のように過ぎる。
それは今朝のことで・・・。
しまった!?
しかし、気づいた頃には遅かった。
ドスッ!!
「がはぁっ!!」
目の前の少女は、唐突にオレの腹を殴り飛ばしたのだ!
オレの口からは空気が一気に吐き出て、そのまま壁に勢いよくたたき付けられる。
「くっ・・・」
「へへ、明斗。 あたしたちの騙し勝ちね」
「お前、喜妁じゃねぇな!?」
少女は高らかに勝利を口にすると、ツインテールを束ねていたゴムを外す。
黒い髪は、スルリと流れるように解かれ、ショートに早変わりした。
「杏子っ・・・!」
彼女は望月 喜妁ではない。
双子の姉、杏子だったのだ!
始めに気づけばよかった・・・!
喜妁は穏やかで争いは好まない。
トイレに引き入れたり、床にたたき付けたりなんて絶対にしないはずだ。
それに対して姉の杏子は活発で、割と無茶苦茶な行動もする。
「入れ代わり作戦は成功ね! 今頃、喜妁は給食室に忍び込んでると思うよ」
双子ならではの作戦ってやつか・・・!
長年一緒にいても見分けが付かないくらい、顔も声も、外見は全てにおいて瓜二つなヤツらだ。
演技さえすれば、どっちだか分かるわけがない・・・。
今回は大人しい喜妁と見せかけ、オレを油断させて潰す・・・。
と、そんなところか。
長年いるってのが、逆に仇になるとはな・・・。
オレは巨大な鉄玉がのしかかる腹を押さえながら、壁にもたれ掛かる。
くそぉ・・・。 どうする?
何とか、ここを切り抜けないと・・・。
だからと言って、やっぱり女の子に手は出しにくい・・・。
詰められたかっ・・・。
オレは頭をフル回転させたが、手段は何も出てこない。
ゲームオーバー。
そんな一言が頭に過ぎるだけだ。
もう終わり・・・か。
そう思ったときだ。
「へぇ~、意外と小さい胸してんなぁ?」
「きゃっ!?」
目の前で杏子が・・・えと、誰かに背後から胸元を揺さぶられている。
明らかなセクハラ行為・・・。
「ん~? そうやな、大きさはぁ・・・」
「え!? わかっちゃうの!? ちょ、嫌ぁぁぁ!!」
謎の人物による打ち抜きボディーチェックにより、杏子は悲鳴と共に真っ白になってしまった。
そのまま犯人に抱き抱えられたまま、ガクッ・・・、と頭が落ちる。
「危なかったなぁ、明斗。 アンタももう少しで、こんなんになってたんちゃう?」
「いや・・・、お前の犯罪行為には敵わねぇよ・・・」
セクハラの犯行を行ったのは、関西少女の千湖だった。
彼女は凄く満足感に満ちた顔で、そっと白くなった被害者を壁にもたれ掛かるように座らせる。
「なんでオレを助けたんだよ? ダッツはいいのか?」
オレは千湖に尋ねた。
そう、ここは戦場だ。
人を助ける行為は、自らを危険にさらすことになる。
ましてや敵だぞ?
そんなヤツを助けて何になるんだ?
しかし千湖は、微笑みながら思いもしないことを言う。
「勝てるわけないやん」
「え?」
「勝てるわけないやん、アンタらにな」
それは戦闘の放棄宣言だ。
「どういう意味だ・・・?」
オレは彼女の言葉の意味がわからなかった。
彼女に限って諦めるとは思わないからな。
「そのまんまや。 火凛と明斗には勝てない」
「まさか、お前の情報力のほうが強いだろ?」
「そんなことはない」
嘘だろ・・・?
オレたちのやり方は馬鹿で、効率が悪いこと極まりない。
それに比べて千湖は、この学校中の隅々までよく知っている。
人気の少ない道や、給食室への侵入方法。
それらもいち早く見つけ出したのは、彼女に違いない。
しかし、千湖は首を横に振って、それを否定した。
「いくらいい情報を持ってても、それを活かせなきゃ意味はないわ。 この戦いに勝ち抜くのに必要なのは情報やない。 圧倒的な力と、冷静な判断力や」
圧倒的な力と、冷静な判断力・・・。
彼女の言葉にはどこか説得力がある。
これが情報屋としての貫禄ってやつなんだろうな。
千湖は少しうつむいて、自らが出した戦いの理論を続けた。
「よく考えてみ? 火凛にケンカで勝てる生徒がいると思うか?」
「まぁ・・・、確かにいねぇな」
鉄パイプには、な・・・。
「それに、明斗は火凛を導くことができる唯一の存在や。 そんな二人が手を組んだら、勝てるわけないやん・・・」
いつも死にかけてるけどな・・・。
でも、千湖の言う通りかもしれない。
火凛のあの天才・・・いや、天災的な力があれば、どんな戦いも勝ち抜けるかもな。
そんな火凛についていってるオレって、意外と凄いのか・・・?
あんまり自覚はないけれど、千湖が言うならそうなのかも・・・。
自画自賛っぽいけどな。
「まぁ、実際、手に入れられる気がせぇへんねんけど・・・」
「何か言ったか?」
「い、いや、何でもない!」
ん・・・?
千湖が、ボソッと何か言った気がするんだけど・・・?
オレが尋ねると、千湖は慌てた様子で腕をバタバタと左右に振った。
「そ、それより火凛が心配してるんちゃう!?」
「あ、そうだった!?」
そうだ、火凛とはぐれてたんだ・・・!
ヤバイ、戻ったら殺されるかも・・・。
でも、いつまでも心配かけるわけには、いかないな。
「ありがとうな、千湖! オレ、行くわ!」
「なんか、室長が探してるみたいやからな。 気ぃつけやっ!」
「おう!」
オレと千湖はそう掛け合い、頭の上でハイタッチをして別れた。
オレは走り出す。
相棒の元に――。
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9)
「どこ行ってたのよっ!」
「悪りぃ、悪りぃ・・・って、ちょ!? 鉄パイプ振り回すな!」
オレは無事火凛と合流し、再び中庭への扉の前にいた。
しかし、火凛は相当怒ってるらしく、鉄パイプをぶん回し、激しい猛攻を繰り出す。
「ご、ゴメン! 心配かけたのは、謝るからっ!」
なんか、さっきも誰かにこんなこと言ったような気がする・・・。
ここまで激しくないけどな・・・。
だが、オレがそう言うと火凛の手が、ピタッと止まる。
そして火凛は、顔を真っ赤にして、
「べ、別にアンタのことなんて心配してないわよっ!!」
そう恥ずかしそうに叫んで、そっぽを向いてしまった。
思いもしない事態にオレもびっくりだ・・・。
ま、まさかのまさか・・・。
あの火凛がデレるとはっ・・・!!
オレはあまりのことに一歩後ろに引き下がる。
「なんて顔してんのよ・・・?」
「いや、その・・・。 ははは・・・」
ヤバイ、殺されるかも・・・。
へ、へへ、もう笑うしか、ない・・・!
だけど、火凛は何もしてこなかった。
むしろ、フッと鼻を鳴らして、少し優しく微笑んだ。
「しょうがないなぁ~。 今日は特別に許してあげるよ」
信じられねぇ。
火凛が許すなんて・・・!
そして一瞬だが、今まで考えてたことのないことが、頭に過ぎる。
火凛が―。
「見つけたぞ・・・!」
突然、後ろから声がした。
それもかなり怒っている・・・。
オレたちは振り向くと、そこには、ゼェーゼェー・・・、と荒い息を吐く果集院の姿が・・・。
果集院は針のように鋭い眼光を放ち、怒りに震えた拳を握りしめていた。
その手には―
「喜妁!?」
双子の姉妹の妹、喜妁がダラリと身体を曲げて意識を失っている。
どうやら、給食室に忍び込む前に室長に見つかって・・・。
「私のプライドを踏みにじり、授業を抜け出し、あげくはこんな所でイチャついているとは・・・」
室長は、まるで噴火寸前の火山だ。
いつ爆発してもおかしくない・・・。
「あのぉ~、室長さん? オレたちは別にイチャついていたわけじゃ・・・」
オレは果集院をなだめるように言った。
しかし、火を噴く山はついに―。
「理由はなんであれ、許さんっ! 全力でお前たちを捕獲する!」
果集院はそう叫ぶと共に、喜妁を床に投げ捨て、もの凄い速さでオレたちに向かってくる!
それは獲物を狙う猛獣のように・・・!
「話が通じる相手じゃない! 逃げるよ、明斗!」
火凛はそう言うとオレの手を掴み、扉を開けて中庭へと走り出す。
「ちょ、火凛!?」
火凛の手から温もりを感じる。
何だか、不思議な感覚だった。
給食室の裏窓まであと少し。
しかし後ろには、猛獣と化した室長が犬歯をむき出しにして襲い掛かる。
迫る危機と、不思議な感覚がオレの胸の鼓動を速くしていた。
「このままじゃ、捕まるっ!」
火凛の焦る声に、オレは我に帰る。
そうだ。
今のこの状況をなんとかしないと・・・!!
オレは辺りを急いで見回す。
中庭にはいくつもの大きな花壇があり、中央には木製の古びたベンチと机があった。
上を見上げると、教室の窓が並んでいて・・・。
教室・・・?
そうだっ!!
オレは火凛の手を振りほどく。
「明斗っ!?」
火凛が驚いたようにオレの名前を叫ぶが、構わねぇ。
今なら、こんなオレでも勝てるから気がするからなっ!!
「室長、上をよく見やがれ!!」
「何・・・?」
オレがそう言うと猛獣の足が止まった。
オレはニヤリと笑って、話を続ける。
「いいのか? こんな所で騒いでさ? ここなら学校中から丸見えだぜ?」
「なっ・・・!?」
室長も、ハッ! と、我に帰って周りを見渡す。
「もし全員に今のお前を見られたら、それこそお前のプライドがズタズタじゃねぇか?」
「あっ・・・あっ・・・」
もはや室長は、声にもならない悲鳴を上げて一歩、また一歩とよろけながら後ずさる。
今だっ!!
室長のその姿を見たオレは、トドメの言葉を放つ。
「学校ためだろうが、お前のプライドだろうが関係ねぇ! それで誰かを泣かせてりゃ、世話ねぇぜっ!!!」
それは鋭い剣となって、果集院の胸を貫く!
そして彼女は崩れ落ち、そのまま硬直して動かなくなった。
やった・・・、やってやったぞぉぉぉぉぉ!!
こんな何もできない、ただのオタクである自分が、室長という巨大な壁をぶち抜いてやった!
まだ高鳴る鼓動は止まらない。
少し落ち着きたい気もするが、そんな時間は残されていなようだ。
「明斗、早く!」
給食室の裏窓に立つ火凛が、オレを急かすように呼ぶ。
慌てて駆け寄ると、窓はすでに開いており、跳び箱三段ぐらい高さにあった。
少し跳べば越えられそうだな。
「いよいよだな」
「そうね」
オレと火凛はお互いを見つめて頷く。
これで最後なんだ。
これでオレたちの戦争は終わるんだ。
中を慎重に覗きこむと、そこには誰もいなかった。
どうやら調理は終わったらしい。
せーの! の掛け声でオレたちは窓をくぐり、侵入する。
どこもかしこも目に付くのは、金属の印象だった。
それに台所や、鍋、道具、洗浄機や自動皮向きなど、どれも家庭のとは違う破格の大きさだ。
さすがは校内の全員の食事を作ってるだけはあるな。
ところでダッツは・・・と。
見回すと少し先に銀色に輝く箱があった。
恐らくあれが冷蔵庫だ。
オレと火凛は恐る恐る箱に近づく。
そして、火凛が取っ手部分に手をかける。
「準備はいい、明斗?」
「あぁ・・・、いいぜ」
火凛はそっと箱の扉を開けた。
しかし―
「・・・ないっ!?」
冷蔵庫の中は何一つ残っていなかったのだ。
その時、何やら廊下のほうから、ゴトゴトという大きな物が揺れる音がした。
ワゴンの運ばれる音だ・・・!!
「一歩遅かったか・・・!」
火凛は、チッ! と舌打ちをし、慌てて来た道を引き返す。
オレも遅れて火凛の背中を追いかけた。
まだ急げば間に合うか・・・!?
頼む、間に合ってくれ!!
オレたちは走る。
この最後の戦いのために。
戦いの始まりの場所へ――。
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